日本明慧

大法弟子、姚彦会が撫順呉家堡少年院に虐待され、不具になった

2002年1月27日
【明慧ネット】大法弟子、姚彦会さんは2001年から不法に呉家堡子少年院に監禁されてきた。姚氏が石家庄に在住し、大学を卒業した後、葫蘆島で就職できた。葫蘆島の不法なやからは大法弟子の姚さんをどうすることもできなく、姚さんを重点対象とし、撫順呉家堡に強引に連行した。今までの知られた情報は姚さんがハンストをし始めた日から2002年1月25日まで、もう13日も経ち、今は非常に危険状態に瀕しているということだ。以下は強制収容所からの情報と姚氏の心境についてである。
 2001年4月から、撫順呉家堡子少年院では、邪悪な警察の姜永峰は姚氏を迫害することを計画し、その計画はますます惨くなる一方だ。まず、鼻があざだらけに、顔がはれあがるまで酷く姚さんを殴り、そのため彼の頭が一回り大きくなった。また、彼らは何日間も針で姚さんの指と土踏まずを刺し続けたが、結局目的に達成せず、それで、もっと残酷な手法を使い始めた。ある時は、姚氏の手を後ろへ縛り、壁に吊り上げるという体罰を用い、また、ある時には、両足を縛り、腰を曲げさせて頭を下に向くような立ち方で固定させると拷問を行った。 このような苦しめは一回何時間も及んだ。一番長い時はある日曜日(具体的な日付は覚えていない)で、午前から午後まで5、6時間の間にずっと迫害を加えられて、途中で放されることもなく、姚さんは一回気を失ったが、意識が戻るまで虐待し続けられた。その結果、姚さんの両足の知覚がなくなり、足指も動けなくなった。しかし、少年院側は彼の負傷状況を無視し、続けて8、9日間をわたって、夜も昼も眠ることを許さなかった。そのため、姚さんは体と精神に極めて衝撃を受け、タイムリーな治療を受けられずに、両足に障害がのこった。両足は長期的な麻痺になり、力が入られなく、それに、足とひらの知覚さえもなくなり、生活が自分でまかなうことができなくなった。歩くのに人の助けがなければ歩くこともできなくなった。
 姚さんが病院へ送られ、検査を受けたことがあるが、検査結果による治療を受けることができなかった。
 今まで10ヶ月余り、生活をまかなうことができない、無理やりに迫害を加えられたという状況の下で、姚さんは生存の基本な権利を勝ち取るためにハンストを始めた。
 姚さんはハンストの期間中で、もし思わぬことが起きれば、それは彼の病院外治療を受ける要求が断われたためで、それによって責任者の刑事責任を追及すべきだと特別に家族、友人に告げ、声明した。