日本明慧

吉林省文化活動センターの審判現場での報道

文/大陸の法輪功学習者

【明慧ネット】2002年1月25日午後2時、長春市吉林省文化活動センターにて法輪功学習者(後に刑事犯だけを審判することを確認)を不当に審判したと伝えられた。長春市南関区裁判所は1月16日にも法輪功学習者を不当に審判したことがあり、、公安側は文化活動センターへ多くの警察官を導入し、法輪功学習者による阻止活動への警戒を強めた。

 文化活動センターの広場や周囲に数十台のパトカーをつけ、入り口には数十人の警察官が列に並び警備していた。審判は文化活動センター内で行われ、一般人は傍聴することが出来ない。多くの人々や法輪功学習者が広場に集まって、隣の児童公園あるいは向かいのボタン公園で、学習者達は黙々と正念を発し、いろいろな箇所に横断幕を貼って、広場内の一部のパトカーの上にも横断幕が貼り付けられた。文化活動センターから吉林省ホテルまでの道沿いにたくさんの小さな旗が貼られて、街路樹にも横断幕が掛けられた。2時20分頃、警察はまず1人の男性を捕まえようとしていた。原因はわからない。口論となり、さらに乗車を拒んだため、殴打されパトカーへ押し込まれた。その数分後、2人の婦人が捕まった。凶悪な警察官らは婦人たちを殴打しパトカーに押し込めた。捕まった婦人の親族が抗議したが、殴られて、凶悪な警察らは抗議してくる親族を押し倒して、強引にパトカーに押し込めた。少しでも反対する者は、すぐ捕まえてしまうという始末だ。

 2時40分頃、また1人の婦人が捕まった。この婦人は10歳ぐらいの娘を連れており、警察官らはこの婦人を強制的に乗車させた後、娘に「お母さんといっしょに行くのか」と尋問し、娘は賛成しなかったが、警察官らは「じゃあ、どうするつもりだ。後で送り届けてやるから。」と言うと、娘を車に乗せ、運転して行った。

 警察官らは絶えず大衆を追い散した。ある70歳を過ぎたおばあさんは、警察官に押されたため、おばあさんは警察と口論したがどちらも引かなかった。警察官はおばあさんを口汚くののしった。おばあさん、「わしは70歳も過ぎた年寄りだ。お前さんのおばあさんよりも年をとっておるじゃろう。お前さんはののしっておるが、天に背き道理にも反していることがどういったことか解っておらん様だ!民衆を守るはずのあなた方警察官がこのように扱ってもよいのか?共産党はいったいどこへいってしまったのか?」怒って言った。他の警察官はおばあさんに「まあ落ち着けよ」となだめた。この時、審判が終了したようで、パトカーが文化活動センターのビルの前から出てきた。人の群れの中で一人の老婦人が「法輪大法は好い」という横断幕を掲げ、あっという間に凶悪な警察官らが老婦人を捕まえ、パトカーに押し込められても、この勇敢な老婦人は「法輪大法は好い」と叫んでいる。この老婦人に魅せられて、「法輪大法は好い」、「法輪大法は正法だ」の叫び声が群衆の中からきこえてくる。凶悪な警察官らは態勢を変えて叫んでいる人を探し出し、また1〜2人の婦人が捕まった。さらに、通りの向こう側から「法輪大法は好い」、「法輪大法は正法だ」と数人の若い学生も叫び始めた。この時、私の近くにいた警察官は、「この法輪功はあまりにすごい。」と呟いていた。

 審判が終わって、パトカーは続々と出ていって、人の群れは次第に減っていった。数人の大学生がそこに立ちながら深く考えこんでいて、眼鏡をかけている大学生もいる。恐らく彼らはこの白昼テロの場面を目の当たりにして、彼らにはどういうことか納得できなかったのであろう。「人民警察が人民を愛する」という言葉は今日起こった白昼テロの現実と一致しない。人民警察は人民から提供した給料をもらい、しかし公然と人民を虐待している。

 今日のこの事を通して、大法弟子が思い切って出て来て大法を実証した。邪悪に直面しても、少しも恐れず、正念を持って凛然とし、邪悪をぞっとさせた。たかが1つの刑事の審判でこのように多くの警察官を導入して現場を維持した。このことは彼らにとって脅威であることを証明している。人民警察と審判機関は意外にも人民を恐れ、意外にも人民とこのような程度まで対立した。「頂点に達すると逆の方向へ転化する」といわれるがその通りだ。

 法輪功は「真善忍」を守り通す修煉であり、まさか今日の中国は基本的な自由さえ取り締まられているのか?かつてヒトラーが成し遂げることができなかった事を、中国の邪悪な勢力の核心人物の江沢民が成し遂げようとしている。現在、江沢民はすでに疑心暗鬼になってびくびくしており、精神が崩壊する所まできている。法輪功が彼の権力を奪い取ってしまうと恐れている。実際は、これは政治屋の口実で、他人をそそのかすひとつの手段である。他人が法輪功に対して嫉妬し恨むようにそそのかして、それによって他人の手を利用して法輪功を迫害する。江沢民自身は「法輪功の名誉が回復した日に彼の政治生命が終わる」事を知っている。だからこそ江沢民は権力を大いに利用して法輪功を全力で扼殺しようとしている。

 しかしながら、古今東西誰も運命の按配から逃げることはできない。天の理に逆らう人の結末は考えてみると分かる。江沢民は一時的に得意になっているが、しかし一世で意のままになることはない。私達は彼の悲惨な結末を、注視して待っていることにしよう。