日本明慧

長春で法輪功真相ビデオが放送されたことについての理解

2002年3月26日 文/胡平

【明慧ネット】3月5日 中国東北地方の大都市である長春で、有線テレビのネットを通じ、法輪功の真相ビデオを50分間に渡り放送することができましたが、このことは現地に限らず国際社会でも注目を浴びています。これは法輪功修煉者が技術的手段を講じ、当局による放送の独占を打破したことにもなり、その意味でも意義は非常に大きいと思います。

ある記者から、長春市における無作為電話調査の結果を教えてもらいました。取材を受けた住民のほとんどが、当局による法輪功に対する弾圧を支援していないことが分かりましたが、その一方、一部の人は法輪功の真相が放送されたことによって、予定していたテレビ番組を見ることができなかったことに対して、不満を持っているようです。国外のウェッブにおいても、一部の人々は文章を作成し、今回の法輪功真相放送が、テレビ局、広告代理店、視聴者の利益を損なっているということで、携わった法輪功修煉者を指摘しているようです。

法輪功修煉者の今回の行動を指摘している人には、以下について問い合わせてみたいと思います。“もし貴方が法輪功修煉者であるなら、どのようにするのでしょうか?”江沢民政権の命令によって、全国の宣伝媒体を使い法輪功に対して、文化大革命式の批判により、全ての法輪功書籍、絵葉書及びビデオは没収され、清華大學の数名の学生がインターネットを使って、法輪功真相のニュースを伝達するだけで牢獄に送られ、誰であろうと公の場で“法輪大法が良い”を言うだけで逮捕されます。この厳しい状況の下で、法輪功修煉者は自分の考えと真相について大衆に説明するためには、どうすれば良いのでしょうか?

このことから、一部の人々が89年の民権運動を非難したことを思い出します。一部の人は、89年に学生達が“違法で集会”し、“違法で天安門広場を占領”したと非難してきました。これらの人々が “米国でも、集会やパレード等をするためには、事前に申請し許可を得る必要があること”と主張しています。皆さんご存知のとおり、最近東北地区の大慶と遼陽では、数万人の失業した会社員らによる抗議行動やデモ行進が起こりました。この抗議は、言うまでもなく当局の許可を得ずに行ったことでしょうし、現地の日常生活にもある程度は影響あるいは、妨害を与えたことに違いないと思います。注目して頂きたいのは、抗議を行った会社員らが“違法している”ことを指摘する人は、現在まで一人も表れていないということです。当局の担当官らは、上層部からの命令を待っているでしょうか?

わたしは《自由から出発》という文章に以下のことを書きました。“違法”という言葉は、“合法”に対する言葉であり、“合法”があるからこそ“違法”が存在している訳でしょう。開かれているドアがあるからこそ、窓から入ることを禁じる訳でしょう。もし、ドアが閉ざされていたら、部屋に入るためには窓から入ることもあるでしょうし、極端なことを言えば、天井を突き破って入ることもあるのかも知れません。窓から入ったことに対する非難は、ドアが開いているという前提条件の下で、はじめて成立することではないでしょうか。ここで注目すべきことは、完全にドアが閉ざされているということです。ほんの僅かな隙間により開いていることは、“開いている”とは言えないと思います。

基本的人権が奪われている所において、基本的人権を得るための抗争は、すべて合法ではないでしょうか。何の法律に適合するのかと言えば、自然の法則に適うと思います。