日本明慧

吉林市の異常な天気は世人に対して警告している

2002年4月29日

【明慧ネット】4月7-8日、ほぼ吉林省の全土を覆う強い黄沙の天気が過ぎ去ったばかりの17日、吉林市はまた希有な春の大雪を迎えた。この大雪は午前から午後まで何時間も降り続いた。この時期は柳の若芽がすでに出て、杏のピンクの花は枝にいっぱい咲いている。薄い青色、ピンク色の杏の花と吹雪とのコントラストは歴史上の珍しい出来事となった。生まれてからはじめて見ることだった。99年7月以来、全国各地に奇異な天象が連続発生した。福建省の長泰で58分間も続いた雷、河北省の石家庄市霊寿県五岳寨の6月の大雪、広東省にめったにない頻繁な台風、東北三省に百年に一度も遇わない旱魃、山東省威海市の稲妻、雷と共の大雪、中国領内で頻繁に発生した黄沙が舞う天気等。

これらのめったにない天象は何十年に一つ単独に見られることも難しいことなのに、只の2年あまりの時間内に、どうしてこんなにたくさん発生したのか、これは「自然現象」だろうか。実際に自然現象とは科学で解釈できない場合の勝手な言い訳に過ぎない。こんなに頻繁な異常天気について自然現象はすでに不自然になった。そうなると、天象は人間に何かの警告を発しているのではないか。

この間に中国で何が起こっていたか、ここで見てみよう。

99年7月20日から江沢民及びその邪悪な政治集団による法輪功に対する迫害が始まった。江沢民集団は全国の範囲で大規模に法輪功の責任者を逮捕した。新聞、雑誌、ラジオ、テレビで殆ど一日中法輪功を誹謗する番組を放送していた。その後、独裁者は法輪功に対する迫害をエスカレートした。法輪功の書籍が禁じられ、不法に人が連行をされ、暴行され、拘留され、強制労働され、実刑を判決された。二年余りの間に少なくとも396名の法輪功学習者が迫害によって亡くなった(内部の情報によると、迫害によって亡くなった人数は1600人を超えている)。1000人以上の学習者は精神病院に閉じ込められて虐待されている。20000人以上の学習者は裁判もなしに強制労働教養所に収容された。500名以上の学習者は実刑を判決された。残酷な虐待に使われた道具は40種類以上、電撃棒、手の爪の下に竹串を刺し、鉄の椅子に長時間縛られ、火で焼くなどの手段で学習者に法輪功の修煉を放棄させようとしている。

*2000年3月から湖南女子刑務所で特殊な精神麻酔薬を使って法輪功学習者の思想のコントロールを謀っている。ナチスの細菌戦や日本軍が中国人を使って細菌試験をした悲惨なことを思い出させる。

*2000年9-10月の間に烟台栖霞の大法弟子王麗萱母子は北京の団河労働矯正所で虐待を受け、母子共に迫害によって亡くなった。子供は8ヶ月未満で、足首に手錠の痕が残り、体も傷だらけだった。

*2000年10月に遼寧省瀋陽市馬三家労働矯正所で18名の女性法輪功学習者は警察官に衣服を全部抜かれてから男性の監房に押し込まれて、男性の犯人と一緒に閉じ込められた。
2001年5月14日夜、北京の警察は街の中で真相を説明している女性法輪功の学習者を暴行し、強姦した。

*2001年6月20日に湖北省麻城市白果鎮の悪警察は一人の法輪功学習者を焼き殺して、もう二人をバイクで引き摺り回して、全て4名の法輪功学習者が虐待によって亡くなった。

*2001年6月の中旬にハルビン市にある万家労働矯正所で大規模な集団虐殺事件が起こって多数の人が迫害によって亡くなった。

*2001年7月に河北省?台市公安局の邪悪な警察たちは数名の女性法輪功学習者を強姦した。
2002年3月5日に長春市のケーブルテレビで法輪功の真相映像を放映して以来、吉林省は大勢の警察を動員し、江沢民集団の「容赦なく殺せ」の指令を実行し、長春市地区だけで5000人以上の法輪功学習者が連行された。殆ど毎日迫害によって法輪功学習者の死亡者が出ている。被害者の遺体はほとんど警察によって密に焼かれた。

…………

迫害の期間中に吉林市で少なくとも15名の大法弟子が迫害によって亡くなった:

*王国平、男、40歳、吉林舒蘭の大法弟子。北京へ陳情に行った時に連行された。警察は各種の器具を使って彼を暴行し、衣服を脱がせ水をかけて、便器の中に頭を押し込んで侮辱した。1999年10月17日に北京の駐在事務所のビル8階から落下して亡くなった。

*李再吉、男、約44歳、吉林市船営区牛馬行の大法弟子。2000年7月7日に吉林市労働矯正所で迫害によって亡くなった。全身傷だらけでだった。

*王樹泉、男性、約30歳、吉林舒蘭市蓮花郷の人。2000年の夏、吉林市労働矯正所で生活条件の極悪の状況下に煉功も許されず、肺結核を感染され、病院で死亡した。

*崔国慶、男性、36歳、吉林市昌邑区永強小区10号楼一単元二楼の住民。2000年7月11日に吉林省北京駐在事務所で迫害によって亡くなった。

*劉玉才、男性、60歳、吉林磐石市北馬蟻村の開業医師。2000年10月1日に北京へ陳情に行って、北京市朝陽区の留置所へ連行され、殴り殺された。

*王立新、男、2000年11月に100部の大法資料をコピーしたことによって連行され、吉林市の第三留置所6号監房で犯人と警察によって殴り殺された。

*趙静、女性、19歳、吉林市豊満区白山郷楡樹村の人。2000年11月25日前後、河北省玉田県の公安局で、邪悪者からの残酷な虐待と迫害を受け、若い命を奪われた。

*初従鋭、女性、19歳、吉林舒蘭市天徳郷徐家村一社の人。北京へ陳情に行ったが、受ける窓口はなし。天安門で「法輪大法は良い」の横断幕を広げて連行され、2000年12月13日前後に警察によって殴り殺された。

*曲俊俐、女性、28歳、吉林市船営区西関熱電工場からの退職者。2000年12月3日に上京し、法を正すため、警察に連行され、2000年12月16日に吉林省北京駐在事務所で迫害によって亡くなった。

*侯占海、男性、2001年3月12-14日に吉林市労働矯正所で悪警察に警棒で殴られ、傷を帯びたまま、2001年3月27日に遼源労働矯正所に転送されて、8月に体調が悪いことによって釈放され、出所後4ヶ月未満で亡くなった。

*佟振天、男性、22歳、吉林舒蘭市南城街の住民。吉林労働矯正所で拘禁中に大法修煉を固く堅持し、決裂書を書かないため、邪悪者たちの虐待を耐え尽くして、2001年7月4日にこの世から去った。

*王秀芬、女性、36歳、吉林市船営区左家鎮の住民。2001年12月21日に長春市直轄区九台市土門嶺鎮で真相資料を配る時、九台留置所に連行された。それからずっと絶食して、2002年1月1日に乱暴に食事を注ぎ込まれる時、迫害によって亡くなった。

*付春生、男性、吉林市水工機械工場の大法弟子。大法の修煉を固く堅持し、上京して法を護ることによって、一年間強制労働を罰され、99年12月30日に吉林市歓喜嶺労働矯正所に送り込まれた。その後、九台飲馬河労働矯正所に移送された。2001年9月12日に無条件に釈放された。12月28日に交番の警察は彼の家に乱入し、大法書籍や法像等の大法資料を見つけたため、彼を連行し、2002年1月1日に警察は付春生の死亡を家族に知らせた。

*呂淑秋、女性。2002年2月に上京して陳情に行った。吉林市公安局の北京駐在事務所で迫害によって亡くなった。

*肖勁松、男性。吉林市歓喜嶺労働矯正所及び九台飲馬河労働矯正所に拘禁されていた。肖勁松は決裂書を書くことを固く断って、絶食して迫害に抗議したので、警察に残酷な体罰を加えられ、2002年2月24日に迫害によって亡くなった。

……以上の実例は千千万万の迫害事件の氷山の一角に過ぎない。最近の多数の異常天象、天の警告は全部因果応報律の人間での再現であり、天は善悪に必ず応報がある天理を人々に示している。天意に従って行えば、始めて生命の永遠な幸福が得られる。天意に逆行し、悪事を遣り尽くし、大法を迫害すれば、間もなく来る法が人間を正す時に、必ず応報の懲罰を受ける。

あなたもこの文章から良い啓示を得られるように願っています。