日本明慧

警察に発砲された法輪大法学習者は、秘密に14年の重刑に処される

【明慧ネット】法輪大法情報センター11月26日の報道によると、2002年10月下旬、黒龍江密山市裁判所は、8名の法輪大法学習者を不法に裁判し、刑期の一番長いのは14年にも及び、少ないのも3年とされたという。今年の旧正月の間、かつて警察に発砲された法輪大法学習者姜洪禄氏も、不法に重刑に処された一人である。

消息筋によると、姜洪禄氏は今年の年初に警察に発砲されてからつかまっており、現在まで監禁されている。密山公安は、罪をでっち上げるためにずっと姜洪禄氏を脅し、発砲された当時に警察を襲撃したことを認めさせていた。姜洪禄氏は、それを断然と拒絶したため警察に酷刑を施され、意識不明になったという。

姜洪禄氏が年初に警察に発砲され怪我したことは、かつて本情報センターまた世界の多くのマスコミに報道されていた。烈しい反響を引き起こしていた。去年の年末から今年の年初にかけて、すでに羅干の操縦している法輪大法を迫害する専門機構の610組織から、真相資料を発布している法輪大法学習者に対し「発砲し殺してもよい」という秘密の命令を出したという情報は、確認できた。その直ぐ後に、数名の法輪大法学習者が発砲された事件が起こったが、姜洪禄氏はその中の一人であった。

消息によると、当時、姜洪禄氏は左の足の骨が撃たれて裂けたが、それでも、悪警察の孟慶启、杜永山は、依然として飛び掛って殴りつけていた。頭が重傷を負って、四センチほどの傷口ができた。それにもかかわらず、悪警察の孟慶启、杜永山は、やはり姜洪禄氏を派出所に拉致し、不法に2時間以上に尋問した。末にやむをえず彼を病院に送った。

姜洪禄氏が病院で救急されていた間に、市公安局は家族に知らせず姜洪禄氏の勤め先に医療費を出すように脅迫した。また、誰しも面会を許さずにして、しかも、「もし敢えて誰が面会に行ったら直ぐ逮捕してやる」と放言した。この事件がネットに披露されてはじめて、家族は知ったのである。内情を知っている人によると、家族は政保科の警察に「姜洪禄は、一体何の法律を違反したのですか、あなた達は何によって敢えて彼にこれほどひどい重傷を負わせたのですか、いったい誰が法律を違反したのですか。」と質問した。それで、発砲した警察の杜永山は答えられず、体がぶるぶる震え出し話もできなくなってしまった。しばらくして、やっと「この人を捕まってやろう!」とほかの警察に大きな声で呼びかけたが、他の警察は誰も応じなかった。

消息によると、姜洪禄氏は、密山市公路管理センターの工員である。1989年、彼の4歳の息子は、過敏性の支気管炎にかかったが、十年間に4万元の治療費かかっても治らなかった。1998年10月、息子は法輪大法を修錬し始め、その十年間治療しても治らなかった難病が不治で治ったのである。家族全員は、みな法輪大法の偉大さを知らされたため、みな修錬するようになった。99年7月以降、姜洪禄氏は、二回ほど北京に陳情に赴いた。

消息によると、姜洪禄氏の家族は、すでに黒龍江省蜜山市政府、人民代表大会、政法委員会、公安局に上訴し出し、殺人犯の孟慶启、杜永山を法律に訴えると共に、姜洪禄氏を無条件に釈放し、また法輪大法への中傷を雪ぐように要求している。

消息によると、また、蜜山市の留置所では今多くの法輪大法学習者を不法に監禁している。牢屋の警察はあらゆる手段を使って大法学習者を苦しめ、虐待している。たとえば、男の刑事犯罪者に女性学習者の下着を剥がせたこともある。この前、姜洪禄氏が不法に14年の重刑に処されたことは、密山市の公安局政保科、また留置所の警察から、実証された。警察は、蜜山留置所では、多くの学習者が今絶食を以って抗議している事を承認し、また学習者の劉桂英氏は、一ヶ月前に迫害によって死亡した事実も認めた。ある警察は、「何故男の刑事犯罪者に女子大法学習者の下着を脱がせたのか」と質問されたが、黙ったまま答えられなかった