日本明慧


ある公安局長の息子の物語

1月29日文/大陸大法弟子

【明慧ネット】明慧ネットの『苦遊詠懐』を読んだら、熱い涙が目に溢れ出るのを禁じられなかった。江××集団の迫害により、どれほどの大法学習者が流離しているのであろうか、その中に、ひどいのは乞食になってしまったのだ。これをもって、私は、ある学習者の友人の事を思い出された。彼は三十歳にならず、大卒で、ある工場の技師であった。しかも、その父は公安分局の副局長である。

法輪功が弾圧された99年7月20日少し前に、彼は偶然の機会により大法を修錬するようになった。彼は貪るように『転法輪』を何回も何回も読んでいた。間もなく、邪悪の権力者は法輪功を弾圧し始めた。彼は家に帰れば父に法輪功の真実、また真善忍を信仰する大法弟子がみな優秀な人であると説明した。しかし、父は一切に耳にしなかった。迫害が深刻化してきたことにつれて、官職を守ることに必死であった父は息子に警告した、もし彼が法輪功を放棄しなければ、捕まり公安局に監禁してやる、と。こういった状況下において、彼はわずか何百元のお金をもって、何時も手に離れない天書『転法輪』と大法の真相資料をいっぱいに入れていた鞄をもって家を離れ、大法を実証する苦難な旅に赴いた。彼は何処でも人に合えば必ず大法が素晴らしいとその真実を告げていた。持ってきたお金が使い切ると、彼はアルバイトをしたり、あるいは乞食をしたりした。真相資料がなくなったら、彼はチョークで電柱に「法輪大法は素晴らしい」と書いていた。

その後、彼はあっちこっちに漂泊していた。一年間の内に、彼は中国の多くの地方を回っていた。彼は、つねに街頭の浮浪者と乞食と一緒に食べ一緒に寝ていた。何日も続けて食べられないことがよくあった。夜になると、スチームのパイプの通る道傍の溝の中で寝ていた。一年の間、お風呂に入ったことは一度もない。その後、彼は告発され甘粛省のある地方で拉致され看守所に投獄された。その知らせを受け、家族は彼を連れ帰った。家に帰ったら、家族は彼と見分けられなかった。そのときの彼は痩せこけて骨ばかりとなり、顔が真っ黒であった。これでは間違いなく一人の乞食である。この状況を目にすると、彼を追い出した公安局長の父は声を出して泣き出した。「真善忍を信仰している我が肉親の息子が、これほどに迫られてきたものなのか!」と。父は自ら息子にお風呂に入らせ、七回も八回も息子の垢だらけの身体を流し拭いてあげた。それで、ようやく黒垢の下に隠れた皮膚が現れた。

この大法学習者は父に自分の心を伝えた。たとえ、自分が監獄に入れられても決して信仰を変えないのだ。公安局長の父は、それを聞いて長く嘆息した。そして、「君は家で修錬しよう。あえて君に手を出す者はいないはずだ」と言った。このことは親戚とお隣の間で言い伝えられた。人々は、この法輪大法を修錬する公安局長の息子が「よい人」で、「偉い」と褒めているのだ。

付録:『苦遊詠懐』
公助自費で日に一食、飢えず満腹せずにして腹広き、
心中有事悠々と過ごして、清浄無為にして神仙に勝る。
公助自費で日に一食、山野寒風我の眠りを伴い、
夢中の良い宵無限に美しき、目覚めて恰も世天を隔てる。
公助自費で日に一食、痛まず病まずにて神仙の如し、
市中山野皆我ありて、一回洒落して無駄ならぬ。
公助自費で日に一食、法を学習し法を正すことが先なり、
真相を伝えるのを任務とし、三つの事を共にして偏らぬ。
公助自費で日に一食、仏を拝みお御籤を求めるのを要らず、
法を求めたければ法が心にあり、心想うこと成りて楽無辺なり。
(注:「公助自費で日に一食」とは、私が造った新しい言葉である。食物がゴミ所の中のカビが生えて変質した残飯であるから。それに併せて粥或いは麺を小さい一碗を買ったら、一日は過ごせるものだ。)