日本明慧


地方新聞に真相を伝えた経験

カナダ学習者筆

少し前に私が住むカナダの町の中くらいの新聞が、法輪功を罵る中国の記事をいくつか報道した。私はすぐにそのレポーターに真相を伝えなければならないと気付いたが、何処から始めればよいのか、そして誰がやるべきか分からなかった。私は「北ヨーロッパ法会の皆さんへ」の中の師父の言葉を思った。

「真相を伝える時、待たず頼らず、外的要素の変化に期待を託さないで下さい。」

同修と話し合った後、私は自分でやることに決めた。私の英語能力には限りがあった。英語で連絡をとる困難から、誤解されたくなかったので、一日休暇をとり、予約無しにそのレポーターを訪問することに決めた。その日私は英語の真相を伝える資料と、英語版の6分の自焚のビデオを、新聞社へ持って行く為に用意した。行く途中で私は他の空間からの邪魔を取除く為に、正念を発した。新聞社に着いて私の訪問の目的を告げた時、オフィスの全ての従業員が私を暖かく迎えてくれた。私と話してくれるレポーターをさっさと見つけてくれた。挨拶の後、私は自分の訪問の目的を説明し、ビデオを一緒に見てくれるよう頼んだ。(彼はこのミーティングの為に20分だけ割いてくれた。) 私達はビデオ試写室で、自焚の分析ビデオを見た。3分程後私は安心のため息をつき、その日はうまく行ったと思った。その瞬間機械が止まって、ビデオが見られなくなった。私はすぐに、正念を保たなければならないと気付いた。ビデオは続けることが出来なかったが、私はレポーターに真相を伝え始めた。最後に彼は、二週間程用事で出かけるので、記事を書くのはその後になると言った。私は面会を終えたが、邪悪の按配を認めなかった。

後程私は、平日に彼らが私達の煉功場へ来てインタビューをするという、イーメールを受取った。彼らは約束の日より一日早く来、私は洪法の為に他の町に行っていた。もう一人洪法の為に他の町へ行く予定のあった、私よりも英語の上手な同修がいたが、偶然に行くのを止め、煉功することに決めたので、インタビューーの機会を持った。インタビューはうまく行った。それに続き、その新聞は一面を使って法輪功の真相を掲載した。

同修と共に師父の「大ニューヨーク地区法会での説法と法の解説」を再読したい。

問: 師父が教えてくださった法理に則って、執着に陥ることもなく、各方面において圓容し、法を正す最後の道のりで更に精進するには、どのようにしたら良いのでしょうか? しかも、大法の仕事と法理の理解において、ある角度だけに対してではなく、各方面において圓容することができるようになるのでしょうか?

師: 皆さんが時に物事を考える時、ある習慣を形成しました。つまり、私は何かをしたい。このことをこのように行い、あのことをあのように行い、非常に周到で、とても行き届いていると自分が思うまで考えるのです。しかしいざそれを行う時になると、実際の情況は千変万化しており、かえってうまく行かなくなりました。(笑) 行き詰まったらまた考え直すのです。このように事を行うべきではありません。正念を使ってください。自分がこのように行うべきだと思えばそのように行えば良いのです。問題にぶつかったら自然にどのように解決するかが分ります。正念が強ければ全てが順調になり、かならず良く行うことができます。
どうして私はこのように皆さんに要求しているのでしょうか? とても受身的に見えるでしょう。そうでしょう。でもそうではありません。修煉によってできたあなたのその一面はなんでも知っており、どのように行なっても、どのようにこれらのことを行なっても良く行なうことができるからです。あなたに一つの考え方があれば十分です。何を行なうべきかさえ知っていれば、それを行なえば良いのです。実際行なっている時にあなたの智慧は絶えず湧いてきます。その時あなたの修煉によってできたその一面があなたのこの空間の部分と溶け合い、繋がるようになるからです。それは神であり、できないことはありません。もちろん、たいしたことのないことをすぐに解決し、智慧がやってきます。それは全然違う状態です。それでもうまくいかない時には、師父もあなたに智慧を与えるのです。(笑)(拍手)

2003年7月1日