日本明慧


左足を失っている身体障害者の大法弟子が湖北范家台の刑務所で残虐を受けています

【明慧ネット7月18日】2003年5月9日、《ニュースネット番組》でいわゆる“世界障害者援助の日”の中で、江氏集団は自分の醜い行為を美化し、いかに身体障害者を思いやるかなどを報道し、湖北砂洋(地名)労改(労働による再教育)農場范家台(地方刑務所名)刑務所の大勢の人達をあざ笑わせています。大法弟子で、1級身体障害者の晏宇涛は、「真善忍」の信仰を貫いたために、不法に留置場を入れられ、その後、刑務所に投じられました。彼が今まで受けている迫害の過程の中で、江氏集団の残忍な悪を目撃した人達は、更にはっきりと認識して目覚めています。

大法は彼に新しい命を与えました

晏宇涛は、湖北の枝江出身で、高卒です。18歳の時、交通事故に遭って左足を失い、左腿齊足は押し切れました。致命的な打撃で晏宇涛は、心身ともに大きな傷を抱えて、同じ青春のにぎやかな人群れから外されました。苦痛、孤独、絶望はいつも彼の心を浸食しました。ある偶然の機会で晏宇涛は、法輪功と解けない縁を結びました。練功の時の不思議な効果は、彼の体調を大きく改善し、精神的な面では健全な体格の人を勝るほどでした。更に重要なのは、李洪志先生が《転法輪》の中で詳しく述べられている良い人間になることと修煉の法理は、深く彼の心を揺り動かしました。“心に真、善、忍を持っていれば、自分が修煉することによって国民にも利益を与える”身体障害者として、法輪大法を習い始めて、“慈悲の心が常にあるだけではなく、恨みも憎しみもなく、苦を楽しみとする”その上さらに“至る所で他人を思いやる”、このような良い功法を今、修煉しないと何時を待つと言うのでしょうか?晏宇涛の意気揚々とした様子を見て、友達は本当に喜んでいました。日に日に強くなっている晏宇涛を目にして、身内はひそかに法輪功の不思議さに感心しました。

身体障害者を工事現場にまで連れて行って強制労働をさせました

この世に比類のないめったに逢えない高徳の大法が、人類のためにすばらしい未来をもたらしましたが江氏邪悪なチンピラ政治集団は、私利のために天下の大悪をあえて犯し、法輪功に対して不法鎮圧をしています。

法輪大法は、晏宇涛に新しい生命を与え、晏宇涛は政府に向って優しい気持ちで、本当のことを言い、陳情に行き、宣伝ビラを配布して世間の人に、法輪功は心身ともに収益を与えている真相を伝えただけです。でっち上げとうそ、誹謗と中傷で騙されている世の中の人々の良知と道義を呼び覚ます慈善行為ですが不法に拘禁され、刑罰を下され、非人道的な苦難を受け尽くしています。

晏宇涛が、刑務所に投げ込まれた時には、1メートルの高さの義肢はすでに使えなくなりました。彼の障害のある左足は、留置場の苦しい歳月の中で変形してしまったからです。彼は刑務所の敷地内、上下のフロアを跳び歩くしかありませんでした。そんな彼を見張りの人は度々しかりつけ、人間扱いをしませんでした。

范家台刑務所のれんが工場は、一番きつい体力仕事場で、四肢が健全で、がっしりした体付きの犯罪者でも、れんが工場を口にするだけでぞっとします。圧力に耐え切れず自殺することも時々発生します。犯罪者達は“まさか、しっかり立つことさえできない晏宇涛をれんが工場には行かせないだろう!”と、ひそひそと話していましたが、事実上、入って何日も経たないうちに悪警王甲慶の命令があって、二人の看守が無理やり晏宇涛を引きずって、れんが工場に行かせました。犯罪者達は、身体障害者の1本の足が地面に当って出るぐうぐうという音を聞いて、同情を惜しみませんでした。憤怒して小さな声で“どれだけの法を犯したとしてこんな扱いをするのだろう?”と、言う人もいました。

このようにしても、凶悪な警察は気が済まず何ヶ月後には、迫害証拠を残さないため、その他の刑務所に転移隔離させ迫害を続けました。晏宇涛は、通常強制的に小さいプラスチックの腰掛けの上に座らせられ、一日中座って、動くことも話すことも許されていません。時には、彼を連日連夜、睡眠を取らせないで、それによって服従するように強制しました……このような迫害は、2003年5月まで持続して、晏宇涛はすべての人権と憲法が与えた権利まですっかり剥奪されました。

盤石のように堅固でした

“必ず彼をたたきつぶして、彼をたたきつぶして……”と、いう悪警何平の看守達に対するわめき立てにも関わらず邪悪の砂あらしのあれ狂いが激しかった沙洋労改農場范家台刑務所ですら、晏宇涛をたたきつぶすことができませんでした。晏宇涛は始終盤石のように堅固でした。

普段、毎日警官と犯罪者の前に出る時、晏宇涛は、いつも身なりを整然として、左足の端の部分も一心にズボンの裾で綺麗に包んで、少しもいい加減にしませんでした。警官と対話する時は、腰、首をまっすぐにし、正々堂々としていました。衛生に気を使い、食事をとる時も自ら列に並んで、他の人に面倒をかけるようなことをしませんでした。一回仕事場に行く途中で、地面が滑りやすいため転倒し、そばの大法弟子がすぐ助けようとしましたが彼はすばやく、一人で立ち上がりました。顔色一つ変わることなく続けて前に向かって歩いて行きました。

はじめて沙洋労改農場范家台刑務所に来た時のことを覚えていますが、肖天波、段瑜二人の悪警が彼に“あなたは自分が法を犯したのを知っているか?”と、問いただした時、彼は“私はこの邪悪な法律を承認しません。”と、返事をしました。これによって刑務所の悪警による重い迫害が重なり、強制労働、洗脳、侮辱とだましの手段を使われましたが結果的に、晏宇涛は、はじめの頃と同じようにしっかり修煉を続けました。

悪警は車輪戦術を展開して、次から次へと彼を訪ねて洗脳させようと、しかも、事務室にまで連れて来て7、8人の悪警が一斉に非難することもありました。すべての手段が効果を失った時、凶警はいらだって、彼を隔離して迫害を加えました。数ヶ月後、真相をわかっている犯罪者が来て“晏宇涛、すごい、銅の頭で鉄の腕だよ!”と、感心しました。“彼はいつも、良い人を迫害して投獄するのは不公平だ、いつか曇りが去って晴れて来る時、あなた達も善と悪の報いの道理をわかるでしょう、と言っています”

邪悪は晏宇涛を恐れ、彼の正気を恐れ、彼の大きな影響を恐れました。砂洋労改農場范家台刑務所の法輪功学習者達も更に成熟し、更にて平坦に邪悪に向かって迫害を暴き出すことができました。