日本明慧


全面的に真相を説明し全面的に真相を理解することについて

文/李一言

【明慧ネット8月1日】「全面的に真相を説明する」ことの要求を覚えていますがそれは、師匠が2001年6月23日に発表された《大法は難攻不落だ》という文の中で正式に書かれました。あの時から、私はずっといかに「全面的な真相説明」ができるかをめぐって、良く理解できるように努力してきました。それは容易なことではありませんでした。大法弟子自分自身が全面的に真相を理解することこそが真相を全面的にはっきりと説明出きる基礎と前提であり、当て推量をすることはできません。しかもその上、うまく行えるかどうかは、自分の修煉状態と直接関係があり、仕事に対する気持ち、意欲、世間の人々に対する関心の程度、自らの大局概念の積み上げや多くのその他の要素に関係があります。最近ワシントンDCでの活動の準備中、いくつかのことにぶつかって感じたことがあり、それを書きだして、大法弟子自身の真相に対する全面的な理解を、真相を全面的に説明する基礎であるとの角度から、皆さんと一緒に交流したいと思います。
 
 大規模な英語圏の活動に必要な資料を準備する過程の中で、一定の深さと全面的な程度に達成するために私達は明慧ネットの中の中国語版文章を選抜して翻訳しました。後半にやっと英文作成と形式上の修正に入りました。大量の中国語翻訳資料を読んだ後、英文の編集長の一人の西洋人学習者が、江沢民が個人の意志で政府決定を覆したことが今回の鎮圧を招いたことに関する資料をみて「ここの内容の70%は、少なくとも私は以前わかっていなかったことです。私は私と同じ西洋社会の多くの専門人士もこのような深さのある総合説明資料が必要です」と、述べました。多忙の中で、いくつかの残虐な体刑事件案を説明した訳文を読むとき、一年来起訴資料を用意していた一人の学習者は悲しみのあまり泣いてしまいました。彼女は「こんなに残虐な体刑なの、江沢民らが中国で一体どのように法輪功学習者を取り扱ったか、私は自分が今やっと理解したように感じます。中国版明慧ネット上にこれだけの多くの迫害を暴露した資料が記載されていることを、今私はやっとわかりました。恐らくたくさんの文章が英文に訳されていないと思いますが、私は忙しくて英文の明慧ネットさえ見ることが多くありません」と、言いました。結果として以前の仕事と経験が違い、いつの間にかこの通訳と文章作成の過程は、予想以上にこのような事でよい資料が集まり、文字調整をする過程ではなく、かえてグループ内で、西洋学習者と相互に理解し合い、共に深く突っ込んで真相を理解し、修煉過程を容量の拡大しました。

この期間中で、もう一つ打ち合わせに関する修煉の物語りがあります。皆はすでに忙しい情況下で、きわめて限られている準備時間と厚い資料を前にして、ある学習者達は細く読むことが出来ず、多すぎる、学習者達が興味をもって最後まで読むとは限らない、社会人士は味気ないと感じないだろうかと、言う気持ちを示しました。ある一部の学習者は、自分は特定の形式を希望すると強調しました。しかし、定められた時間内で、みんなの提案するすべてのよいところをもって全体のより良い効果に達成させることは現実的ではありませんでした。果たしてどうすれば良いのでしょうか? 心を静め、みんなは向かい合って討論会を開きました。

会議で、ある学習者は「私達はできるだけたくさんの資料を説明するのではなく、今回の迫害形成と実行過程そのものが非常に複雑であり、広範であります。それに邪悪が作り上げた無数のでっちあげはあちこちに広がり渡り、真相説明仕事に更なる複雑性と難度を加えました。これらは全部現実です。それでは私達が真相を説明したいとき、きっとできるだけ世の中の人々を済度するという基点に立ち、もし、直面した人が通り掛った人であれば、私達は確かに簡単明瞭に一つ二つの案例説明で充分です。しかし、99年からの五回目の7.20,一つ数千大法弟子が集まった公衆場所でも、同様に法律人士、各クラス政府官吏、人権組織と華人団体を済度することが必要になり、すでに多くの案件は人々に知られています。更に系統的に、更に全面的に、確かな根拠をもって事実の要点と真相を整理し、人々がより深くこの迫害とでたらめの起因をわかり、系統性、広範性と残酷性をはっきりわかってもらうように助けなければなりません。しかし、この一歩をやり遂げるためには、私達が自らまず全面的に深く突っ込んで真相を理解する工夫をしなければなりません。

交流後、全体の会場のエネルギーは大きな変化がありました。同様な内容に関して、一人の西人学習者は注意深く読み終えてから「誰々の迫害経歴を以前私は頼まれて数十遍編集したことがあります。しかし、今回あなた達は一つの大きな画面の中にその個人経歴を描写しました。同様な物語を読む時私は涙の流れを我慢することが出来ませんでした……
」と、述べました。

これらの対比形成は、この過程の中で、私達も多くの他の海外同修と触れ合い、その中の一部の人達があまり明慧ネットを見ていないことに気付きました。特に、迫害事実の部分を見ないで、自分は知っていると思っていたため、文頭で書いているような弟子との交流文になりました。これをきっかけに大陸の一部同修に想いが現れました。特に、一部の資料ステーションでも毎日明慧文章を修正し、慌ただしく標題だけを眺め、急いで外へ発給する資料に用いています。私はとても惜しいと思います。なぜなら、「知った」ということと急いで仕事をやり遂げたいと言う心理が同修達を遮り、大法弟子の自ら全面的に真相を理解することの妨げになっていました。

 「迫害」は資料上での一つの名詞ではなく、空洞の概念ではなく、誰の身の上で発生するにしても確かなものなのです。大局の一つの方面から言うと、大法弟子が世の中で受けている迫害は、宇宙でまさに正と邪との大戦の反映であります。今回の迫害は未来の宇宙と人類全体に対して大きな妨害を形成し、いかなる人類社会でのその他の迫害とまったく異なり、単に人が人に対する迫害でもありません。だから私達は自ら必ず深くその広範性、残酷性、隠蔽性と破壊性を見極めなければなりません。大法弟子の自分自身から全面的に真相を理解することは、真相を全面的に説明する基礎が前提であり、自らまずはっきりと調べ理解してはじめて、相手の需要と理解能力に基いて、深く入って浅くでる、あるいは簡単明瞭、あるいは系統全面に相手のために真実と正しい情報を提供することができます。それではじめて責任ある真相の説明と、同時に相手が必要としているものを感じ取ることが出来ます。

考えて見て下さい。もし、大法弟子自分自身が心を静めて、突っ込んで迫害真相を理解することを望んでいなければ、あるいは迫害資料を只の物事にしているなら、それでは資料を受け取った常人は、あなたが概念化した「太らせるためにアヒルに飼料を口から押し込む」ことと感じないのでしょうか? あなたは食べても味わうこともなく、私も求めることがなく、ただあなたに上げたいために自分のものを勝手に加えているだけで結構なのではありませんか?

当然、このようであっても効果があり、常人にとって言えば、この時期に真相がわかることが出来るだけですでに非常に大きな幸せです。しかし、大法の慈悲の済度は、私達を通じて出来るだけより良い体現につながることができないでしょうか? 近代社会は、ほとんどすべての人が忙しく、常人はみんな自分の執着を求めています。私達は果たして彼が本当にたくさんの時間をつぶして、私達でさえ細かく読まない資料、あるいは機械的な複雑な報道を自ら好んで読むことができると言い切ることが出来るでしょうか? 更に主要なのは、大法は私達に「全面的に真相を説明する」ことを求めています。自分すら全面的に深く理解出来ないことを、如何にその要求に達成することができるでしょうか?

全面的に真相を説明する要求に話が及びますが、かつて私達があまり系統的に、深く突っ込み、全面的に(ここでいう「深く突っ込む」に注意しましょう。法上で高く説明することではなく、常人のその層法の同様な境界の中を指しています)説明しなかったため、一部の常人は多少の迫害事実を知っていて、迫害にも反対しますが私達の次々と続く各種の公衆活動、観光地と領事館の前での一部の活動を含んで反感を持っています。必要ではないと認識しています。こんなによくない事を言い出すと中国に恥をさらすことになると思います。また大陸国安は、機会に乗じていくつかの残酷な案を中国人に煙幕を放しました。これらの現象はよくありませんがこれは警官の中での一部の素質が悪く、教育を受けていない人達がもたらし、江氏政治チンピラ集団を通り抜かせるための仕業です。彼らは社会で絶えず迫害を覆い隠すだけではなく、逆に大法弟子を非難し、また似ているようで違う歪曲で民衆の目、耳をごまかしています。不幸なのは、彼らの言行は全面的に真相を理解することが出来ないだけではなく、しかもうそが覆う中で一部の中国知識人、外資企業のホワイトカラーなどに対する欺瞞性の作用は明らかです。これらはただ一つ私達が全面的に、深く突っ込んで真相を説明することによってはじめて、うそが世間の人々に対する殺傷力を失ってしまうのです。

実のところ、真相を説明する中で、私達は仕事をするときいつも早く成し遂げたいという気持ちが先走りしてしまい、このような心が真相説明にもたらす障害を真剣に考えませんでした。例えば一回一回を厳粛に対応し、もっと多くの実践と如何に全面的に真相説明と真相を全面的に理解するかに関して考えていたとすれば、私達はそうなってはじめてすべての層面の、すべての人を助けて真相を説明することができるのです。