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金子容子救援!車リレーin西日本(2)

文/金子容子さん救出支援の会 広島 

【明慧ネット8月26日】日曜の夜、香川県へ向かった。11日は高知県と同じように、朝から県庁を訪問した。記者室では、お盆の期間で記者が少なかったが、四国新聞社の記者と、法輪功の弾圧の経緯や、迫害の残酷さ、法輪功がどういうものかなどをじっくり話すことができ、「よく分かった」と納得した様子で、翌日新聞で報道してくれた。

商店街のアーケードで署名活動をしていたので、二日目の雨の影響は受けなかったが、歩行者や自転車の通り道となっているので、なかなか足を止めて署名をしてくれる人が少なかった。この香川で帰った一人のメンバーは、岡山からたった一人で参加し、法輪功を始める前は腰痛でほとんど歩くこともできなかったが、睡眠不足で8時間も立ったまま活動しても、腰は痛くないし疲れも感じなかったと言った。

火曜の夜、愛媛県からフェリーで九州へ向かった。一足先に車一台7人が、宮崎県と鹿児島県に向かい、マスコミ各社を回りながら、ポストに新聞を配っていた。回っている間にほとんどの記者が深く興味を示した。電話で記者会見を予約した時には、興味を持つ記者が少ないようだと言われたが、当日は5,6人の記者とテレビ局のカメラが一台構えていた。その前に、県知事宛の要望書を受け取ってくれた国際政策課の担当者は、いろいろなアドバイスをくれ、「この件をマスコミが広く報道するには、まず法輪功が良いものであることを、マスコミ自身が理解する必要がある」と言った。

宮崎には善良な人が多く、署名の数の多さに皆が驚いた。その中で2人の中学生が、署名をした後そばに立っていた。話を聞くと、「私達2人が署名しただけで、本当にこの人はすぐに釈放されるんですか?もっと皆の意識を高めて協力してもらうために、テレビで報道してもらうべきですよ。」と言った。近くで、ある番組の収録をしていたカメラマンに、チラシを持って頼んだと言う。取り合ってもらえなかったので、これから直接テレビ局に言って話を聞いてもらうと言って、2人とも母親の了解を得た上で走って行った。翌日の記者会見で来たテレビカメラは、そこの局のものだった。その2人と私達の誠意が通じたのだろう。2人に、なぜここまでしてくれるのか聞くと、「おじいさんやおばあさん達がとても一生懸命にやっているから」と言った。確かに、四国での活動から、毎日休む間もなく署名活動を続けて来た5名の老人と1人の中学生のメンバーは、一日中朝から晩まで、昼食の時以外は座ることもなく、一度も休まない。しかも、お金がないので昼食はパンとお茶を交代ですばやく食べ、ずっと続けて署名を集めている。1人のおばあさんは、元々足が悪く、爪の間から血が出ても我慢し、足を引きずって「署名お願いします・・・」と集めていた。