日本明慧


山を越え、川を渡り、真相を伝える: 中国大陸の隅々まで真相資料を配る

文/本人口述、同修整理

同修の叔母が、彼女たちが農村で真相資料を配った時に起きた出来事について、話してくれた。彼女は自分はうまく行なわなかった事、インターネットで読む同修達の著しい正念や行ないと比較すると、言及する価値がないと繰り返して言ったが、彼女たちが真相を伝える経験の過程を整理していると、私の心は度々感動させられた。私はまるで彼女たちと共に山を越え、川を渡り、生命の危険を冒して真相資料を、法輪功の真相をまだ聞いたことのない最も辺疆な村まで届けたように感じた。以下はその物語である。

少し前に、大学が休みに入って、真真(仮名)が私を訪ねて来た。彼女は相談したいことがあると言った。以前彼女の叔母の家に泊った時真相を伝えると、叔母は言った、「あなたは何時も大法は好いというけれど、この村ではまだ誰も修煉したことがないし、あなたたちの真相資料を見た人もないのよ」。真真は悲しかった。彼女の叔母が住んでいる村は、車で行けない、非常に辺疆な山奥にあって、誰も真相を知らない。私はすぐに理解した。彼女は私に、まだ大法の真相を知らない辺疆村に、救われる希望が得られるよう、真相資料を配りに一緒に行ってくれないかと言うのだった。

私は少し躊躇した。数日前に同修と共に農村へ資料配りに行って来たばかりであった。一晩歩き、翌日は仕事に行かなければならなかった。家では夫が二人の孫の面倒を見なければならなかった。私は法の勉強や煉功、正念を発することにもっと時間をとる必要があり、そうするとあまり時間がなかった。私はもう五十過ぎだ。農村へ真相資料配りに行くことはよくしたが、真真が行こうとしている村はあまりにも遠く、私の年で大丈夫だろうか? 私が考え込んでいることは、真真にも分かり、ゆっくりと「いいんです、叔母さんの都合が悪ければ、私一人で行きます。」と言った。それを聞いて私は非常に悪く思った。真真は自分の事を考えず、その心は真相を知らない人達のことを思っていた。彼女の決心を聞き、その目の色を見、いかなる困難と危険も、彼女の衆生を救おうとする決心を止めることが出来ないと知った。真相を伝えることは、任務を成し遂げるように今日少しすれば、明日は休めるようなものではなかった。大法弟子として、私達は真に心から慈悲をもって、真相を伝える必要があった。これは私達の責任であった。真真の慈悲に私は感動し、私は行くと言った。

十分に準備をしたつもりであったが、困難は私達の想像をはるかに越えるものであった。翌晩8時に私達は小さなトラックを雇って出発した。そのトラックもある処まで行くとそれ以上進めないので、持ってきた自転車を下ろし、自転車でその先へ進んだ。この山道は細長く、一方は山で、もう一方は川であった。湾曲が多く、暗い中での難行であった。人家がようやくうっすらと見えた処で、自転車を隠して歩いて村へと進んだ。暫くして村が現れ、橋を渡って村に入った。真真に聞くと、この村はたった一本の道があるだけで、道が終わればあとは折り返すしかなかった。数回農村で真相資料を配った経験から学んだが、地形がよく分からないままに、村に入ってすぐに資料を配るのは、非常に危険であった。更に今回はこの村全体を廻ろうと、おおくの資料を持って来たので、智的に行動しなければならなかった。まず村の一番奥まで行って配り始め、奥から外に向かって一軒一軒配れば、最終的に村の外に戻れるだろう。

私達は村の中に入って行った。人々は一日の仕事の後で眠り込んでおり、全ては静かであった。誰もこの深夜に老婆と小娘が彼らの門前を通り、彼らに真相を伝える為に、「法輪大法は好い」と伝える為に、そして邪悪の嘘に影響された心霊の上に漂う暗い煙を払い除ける為に、生命の危険を冒して来たとは想像できなかっただろう。静かな夜、私達の足音は遠くまで響き渡った。このような事は以前何度も経験したが、足音は響く鐘の音のように私の心をつき、私は思わず感動した。慈悲の暖流が私の心の中から湧き出した。本当に人々が真相を理解し、大法に対する正念の生まれによって救われるなら、どれだけ代価を払っても私は決して後悔はしなかった!

私達は村の奥まで行って、資料を配り始めた。道路沿いに外に向かって歩いた。一軒一軒真相資料を配った。目立つ場所には糊で張った。この村は谷にあり、三軒、五軒乃至十軒程が一つの群れをつくっていた。家は密集しておらず、距離を置いて建っているので、一般の町よりも時間と精力を消耗した。その上入るのはやさしく、出るのは難しいので、危険性が大きかった。故に今回は出来るだけ緻密に十分に配りたかった。普段簡単に真相を知る機会を得られない人々に、大法が世界に広く弘まっている盛況さを知らせるために、そして邪悪の嘘を暴露する為に。

道路沿いに真相資料を配った。小学校の入り口に来るまではうまく行った。この時オートバイの音が伝わって来た。見ると約三台のオートバイが見えた。深夜の農村は一般に車がまれにしか来ない。このような辺疆地は尚更であった。すぐに私は真真を学校の裏に引っ張って行った。まもなくオートバイは去って行ったが、しばらくの後、又戻って来た。車上の人は言った、「ここは一本道だし、そんなに早く歩けるはずがない」。派出所の悪警官たちであった。多分真相を知らない村人が報告したのだろう。数人の悪警官が推測しているのを、私達ははっきり聞いた。一本の道しかないので、もしも悪警がこの道を見守ることになれば、朝が来たら大変なことになる。肝心な時には正念を堅固にするか、それとも恐れに左右されるままにするか? 私は大法を堅く信じていた。師父が弟子を保護すると強く信じていた。私達は真相を伝えに来たのであり、迫害に苦しむためではない。旧勢力の妨害や迫害に対し、強い正念を持たなければならなかった。 私は真真と共に学校の裏に向かって歩いた。裏は背の高いよもぎ畑であった。私達はよもぎ畑の中に坐り、外からは私達が見えなかった。私は真真に、正念を発しましょう、と言った。腕時計を見ると、既に夜中の12時5分前だった。丁度全世界が正念を発する時間であった。掌を立てて正念を発すると、話し声も消え、オートバイの音もなくなり、再び静寂に戻った。邪悪生命は全世界の大法弟子の正念の威力によって、消えてしまった。

正念を発し終えて、学校の裏から出て来た。派出所の悪警はもう影もなかった。前進して真相資料を配り、村全体を終えたところで、村の外に達した。この時霧が出て来た。濃い霧であった。悪警が道端に伏せているかもしれないので、それを避けるために橋を避けることにし、川を渡った。幸い水位は低く、川を渡ってとうもろこし畑を通って、私達の自転車を見つけた。

私達は元来た道に沿って帰った。この道は狭く、難行した。片側が川で、進む程に水が深くなった。用心しないと命取りになった。この唯一の道は主要道路に通じるのだった。もしも悪警が主要道路口で待ち伏せていれば、私達は退く道もなかった。大法弟子としては正念をもつべきであるだけでなく、理智と智慧ももち、これを軽く見てはいけなかった。夜明け前までに主要道路まで行かなければならなかった。夜道はこうして奇怪に長く感じられた。一晩一睡もせず、一滴の水も飲まなかった為、面前の山道を登る時には、精力を尽した疲労感があった。振り返って真真を見た。眼鏡をかけている小娘は、夜ははっきり見えないので、私に付いてくる来るしかなかった。私は歯を噛み締めて思った: 大法弟子はどのような苦にも耐えられる、こんなのは何でもない。私は真真に言った、「下る時はしっかり付いて来るように」。夜道ははっきり見えず、でこぼこしており、石ころだらけであった。下る時に倒れたら非常に危険であった。しかし、自転車を押して歩けば、夜明けまでに主要道路に着けなかった。直感に頼って下った。車輪が石に当たり、私は突然放り出され、鎖まで外れてしまった。真真が、大丈夫かと聞いた。私は大丈夫だと答えた。同修の信頼が私を勇気づけ、師父の加護により強い正念をもって、一切の困難に立ち向かうことが出来た。この夜の真相を伝える仕事は真真と私を溶かし、私達は堅固な不滅の一体となった。私は山を下る時、四回倒れたが、倒れる度にすぐに起きて乗り続けた。常人であれば、骨が折れたに違いない。しかし、私は大法弟子であった。師父が付いており、法があり、同修が居る。夜の風が頬を撫ぜ、私は濃い霧の中を突き抜けた。「宇宙中の一切の邪悪を破滅させる唯我独尊の気勢」(正念) さえ生まれ、私の正念は暗闇の他の空間の一切の邪悪生命を破滅する程強大であった。

濃い霧の中を私達はついに万難を排除して、主要道路の入り口に辿り着いた。悪警は伏せていなかった。そこには、私達二人だけが居た。霧の中で夜明けを迎えた。腕時計を見ると、四時半であった。私は本当に疲れてしまった。私は真真に言った、「あなたは若いのだから、私を待たずに先に行ってください」。真真は、真相資料がまだ余っているので何処かで配ってしまいます、と言って、先に行った。私は一人でゆっくりと自転車を漕いだ。喉が非常に乾いており、焼けて煙が出る程であったが、決心して歯を食いしばって家まで乗り続けた。

家に入って鏡を見ると、全身泥だらけであった。髪は乱れ、顔は汚れていた。両足は腫れていた。腕時計を見ると、全世界の大法弟子が正念を発する朝の六時であった。それを行なう間、疲れで苦しく圧力も大きかった。しかし心からそれをやり遂げると、心の中は非常に気楽になり、心性が実質的に昇華した。

正念をもって良く行なう同修と比較すれば、私はまだまだであると分かっている。私は常に自分に聞く、大法弟子の存在の意味は何であろうか? 大法弟子は何を行なうべきか? これを理解すると、私は法の基準を自分に厳格に要求し、「正念正行精進不停」(正神) を実行し、師父の慈悲深い救いに失望させないようにする。

2003年11月22日