日本明慧


正念を発するとき見たこととその悟り

文/大陸大法修煉者

【明慧ネット2003年12月27日】私は一度お昼12時正念を発するとき、元神が体を離れ、扶順市邪悪中心の洗脳クラスの所在地に行った。私は紅い昔の服装を着て、紅い光を放射しながら、空中にきちんと座っていた。私は邪悪所在地に防護用の覆いが設置され、その外層はカラス覆いで、内層は少し厚い大理石の覆いのを発見した。私らはそれらが一撃のもとに参ってしまうことをしっていた!直ちに一手を伸ばした、その瞬間この手は巨大で並ぶものがなく変化し、私が力いっぱいに掴むと、直ちに二層の防護層が全て粉砕され、そこは廃墟となった。

又一度正念を発する時、私が所在している空間の下を向けて数層の空間を通り抜けるとき、通り抜ける空間に邪悪な生命が存在しないことを発見した。更に下に通り抜けるとき、私はひと続きの黒い塀を発見した、塀のあそこにはひとつの邪悪な生命がいた。彼は黒い長いひとえの服を着て、その顔は半分が陰で半分が陽だった、ひとつの目を開き、もうひとつの目を閉じていた、彼は手で私を指しながら変にこう話した:“貴方が私を滅するって?貴方は以前彼らと同じく私の生徒だった、今私は貴方なんか要らない!みて、私にはこんなに生徒が多くある。”と。このとき私は邪悪の生命の周りに多くのかつて逢ったような同修(とても昔の前知っていたよう)を発見した。このとき、私が正念を発して邪悪を取り除こうとすると、邪悪な生命は同修の中に隠れていった。このとき、あれらの同修は次から次へと私を非難した:“貴方のせいだ、貴方がこうすると私たちを教える先生がいなくなる。”と。当時その塀は直ちに高くなった、私には塀のあそこを見ることが出来なくなった、彼らを超えることができなくなった。そして私はぷんぷんして帰ってきた。これはひとつの教訓である。事後に私はやっと意識した、あの黒い長いひとえの服を着ていた邪悪な生命は私自分の執着である可能性がある、ひいては根本的な執着かもしらない、と!

以上は私の境界で見たものであり、私はこう悟った:現在邪悪は非常に脆弱である、しかし私たちが法理についての認識がはっきりしないと、彼らは私たちのまだ法を正す基点から認識してない隙に乗じられる、そしたら私たちは徹底的に邪悪を取り除けない、また邪悪は存在し、増えていく。実際、法を正す時期の大法修煉者として、私たちは法を正す基点に基づいて正しい念で正しい行いをしてから、思いどおりに邪悪を取り除ける。

以上は私個人が見た、悟ったことであり、同修からの慈悲なご叱正を請う。