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七台河市女子教師は婚姻届を出したが、法廷に強制的に離婚を言い渡された

 【明慧ネット2004年4月21日】黒龍省七台河市女子教師、紀洪鋭は2000年7月ハルビンに行き、2年前から知り合いになったハルビン師範大学の職員、於文勝と結婚する計画だったが、地元の公安部門に知られて不法に拘束、監禁された。紀洪鋭と於文勝は法廷によって強制的に離婚を言い渡された。

 以下は紀洪鋭が述べたもので、不法に迫害された経験である。

 私は黒龍省七台河市の教師、紀洪鋭である。法輪功を修煉してから4度にわたって捕まえられ、汚されたり、殴られたり、絶食しても強迫労働させられたりした。口はテープで封じられ、眠らせてくれず、残酷な刑罰を受けた。しかし、肉体の傷は精神的な苦しみに比べれば氷山の一角にしか過ぎない。

 大法弟子が迫害されて亡くなったニュースをたびたび聞く。大法弟子高淑芹は数回も捕まえられ、その回数は周囲の人も覚えられないほど多く、いつも各器官が衰弱し気息奄々となってから、家に戻された。去年、七台河市の大法の仕事をしている同修のほとんどが迫害された。労働教養された人がいれば、刑罰を受けた人もおり、迫害されて生命が危険な状態になって始めて家に戻された人もおり、迫害されて亡くなった人もいる。大法弟子と家族はみんな恐怖の中で生活している。

 公安は家族と勤務先を脅迫して拘束されてない大法弟子を監視し、もしも間違いでも起きたら、渦中に巻き込まれてしまう。私が勤めていた学校の校長は私が保証書を書かなかったため免職された。私は常に家に閉じ込められ、電話もロックされ、誰とも連絡することができなくなった。長いときには一年、短い時でも数ヶ月だった。外に出ることができても、家の人が同行して監督しなければならない。これは、とても残酷で長期にわたる精神損害である。

 迫害により私が最も痛められたのは、すべての自由を失っただけではなく、結婚の権利まで奪われたのである。1998年私はハルビン師範大学の資料管理員、於文勝と知り合って、状態が良くなった。1999年私たちは一緒に北京へ陳情に行ったとき、天安門広場で悪警察は彼を連れて行った。それから私たちは離れ離れとなった。2000年6月、私は邪悪な警察に監禁され、自由がなくなったため、彼が七台河市に婚姻届の提出に行った。7月私はハルビンに行って彼と結婚しようとしたが、地元の公安に知られて不法に拘束された。28日後、家に帰って家の人の監視を強要され、いつもドアに鍵が掛けられ、電話もロックされ、また数ヶ月間閉められた。私の両親も数ヶ月悲しみに暮れ泣き続けた。

 私と於文勝は婚姻届を提出してから法廷に強制的に離婚を言い渡されるまで、一度も会ったことがない。私は於文勝に会うためハルビンに行くことにした。まず、他の同修の家で数日泊まって、監禁の目から逃れようとした。しかし、七台河市の教育委員会保衛課は、私が於文勝の家に行ったと思い、警察に指示して、ハルビン市南崗区公安と一緒に彼の家に行って差し押さえた。於文勝は幸いにも逃れたが、80才を超える父と70才を超える母は寄り所がなくなった。私が訪ねようとすると、私を監視している人も行かなければならなかった。

 私は北山に行ったことがあるが、当地の人々は非常に貧しく、非常に苦しい生活を送っていた。ある婦人は貧しくて放心状態になっており、死んだ人が穴の中で二日間置かれていても、お金がないため出棺することさえ出来なかった。しかし、江XX集団は国家財力の4分の1を使って、罪もなく善良な法輪功修煉者に迫害を加え、自分の罪を隠して、世の中の人々を騙そうとしている。

 私は自分の国を愛している、よって人民を虐殺する虐殺者を最も恨む。公平と正義の法廷、良心と道徳の法廷、全世界の人々が江沢民集団を裁き、偽善な顔に隠されている悪人の行為をやめさせよう!

 紀洪鋭

 2004年4月2日


(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2004/4/21/72843.html