日本明慧

歴史の一幕:96年武漢大法交流会の見聞(写真)

 文/童秀(大陸大法弟子) 

 【明慧ネット2004年5月19日】1996年5月24日(旧暦の四月八日)、この日は、ちょうど師父の誕生日である。武漢市の法輪功学習者はこの日に法輪大法交流会を行った。

 武漢市法輪功補導総站の責任者は来場者が多すぎることを心配して、他の地方や武漢市郊外の学習者に交流会のことを知らせていなかった。

 私は親戚から交流会の情報を得て、交流会の当日、我々の地域(武漢市郊外)の40名ぐらいの学習者は一台のバスを借りて会場に向かった。一時間程の路を経て会場がある武漢市第四中学校に着いた。 


 会場の学校の運動場に入った瞬間、目の前の風景にびっくりして全身がわくわくした気分に包まれた。運動場の一面が一つ大きな法輪に変わった。法輪の中の“卍”字符や太極図、及び法輪からの放射状の線が綺麗に並び、しかも、全て学習者の体で組み立てられていた。

 この人文字に感動し、私たちもその中の一員になりたくなった。現場指揮者の同意を得て、私ともう一人一緒に来た学習者がちょうど白い上着を着ていたので、法輪からの白い放射線の列に座らせてもらった。他の学習者は衣装の色が合わないので、観覧席に座ることになった。

 当日の天気は、曇ったり晴れたりして、正午から小雨が降り出した。開会前の一時間ぐらいの間雨がずっと降り続いていた。人工芝生(ビニール製)を敷いたグランドは既に水浸しになった。だが、法輪を組み立てている学習者は整然と座ったままで誰も動かなかった。

 午後5時に、“法輪大法交流会はこれから始まります”という場内放送を聞こえてきた。この放送の声が終わった瞬間、ずっと降り続いていた小雨がピタっと止まった。そして会場に雷鳴のような拍手が響き渡った。その時、私の周りの学習者は顔を上げてとても興奮した様子で空を見始めた。あっちこっちから“法輪だ!法輪だ!”という感激の声が聞こえて、さらに会場に二度目の雷鳴のような拍手が響き渡った。私は何も見えず、慌てて両手を合十し、目を閉じて“法輪を見させてくれるように”と師父にお願いした。一瞬の後、目を開けて周りの学習者の指を指した方向を見たら、一つの白い光を放っている法輪が徐々に大きくなりながら速く回転しているのが見えた。法輪が回っているところの雲は速やかに退散した。これは私が初めてで、そしてこれまで唯一法輪を見た経験でした。会場内の熱烈な拍手は数分間続いた。会場に居る4000名の法輪功学習者はこの歴史の一刻をしっかりと見届けた。

 司会者は突然の出来事に戸惑いを感じたのか、開会宣言をしてから、数分間経った後、やっと大会の次の項目——「集団煉功」を始める事を指示した。5式の動作30分間の煉功をした。その間に私は時々目を開けて空に回っている法輪の様子を見ていた。法輪は天空に15分あまり滞在してから徐々に見えなくなった。

 大法交流会は1時間ぐらいで終わった。退場する時、周りの学習者はまた空に現れた法輪のことを話していた。人によって見えた法輪の色が違うし、師父が運動場の上空に手印を結んで法輪を送り出していることを見た学習もいた。また、師父の無数の法身が法輪の上に座って運動場の中に飛んでいるのが見えた学習者もいた。

 8年間が経った今、私は依然としてその時の様子を鮮明に覚えており、しかも、その時の写真も保存している。この壮観、神聖な歴史の一刻を見た証人として、私はその時の様子を記録して置くべきだと思い本文を書いた。この出来事は当時会場にいた4000名の大法学習者に大いに励ましを与えたと思う。そして私もこれに励まされて大法を固く信じ、この5年間の迫害の風雨の中から歩んできた。まだ迷いの中で徘徊している学習者の皆さんは、ふり返って考えてみれば、真に大法を修煉している人の多少に関わらず、誰でも超常的な体験をしていたのではないか。師父を信じて、大法を信じて早く動揺・不安の状態から抜け出してしっかり精進しましょう。


 (中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2004/5/19/75041p.html