日本明慧


済度できる縁のチャンスを見逃さない

 文/大慶大法弟子

 【明慧ネット2004年10月4日】ある日、地藏王菩薩が地獄に行ってみると、地獄にいる人々(幽霊)は、皆苦痛で苦しんでおり、ものも言えない情況であった。地藏王菩薩は彼らに「自分達が世の中にいた時のことを思い出し、少しでも、たとえ1つだけでも善い事をやったことがあるならば、私はその人を地獄から救い出してあげよう。」と言った。しんと静まってからしばらくすると、ある食肉処理業者が「私は1件だけ有るが、それが善の事かどうか分らない。」と言った。地藏王菩薩が「聞かせてほしい。」と言うと、その人は、「私は世間で食肉処理業者をやっていた時、一介の僧侶になりたいという希望を持っていた。ある日僧侶とばったり出会ったので彼を家に迎え入れたが、彼は一晩寝ると何も言わず立ち去ってしまった。もしその時、彼が道を説き、法を伝え、殺生が有罪であることを教えてくれていたなら、私は今日、地獄でこんな目に遭わずに済んでいただろう。」と言った。それを聞いた地藏王菩薩は、功能で僧侶を呼び出して、事実を確認した。僧侶は既に修行を済ませて円満成就しており、果位を得ていた。僧侶はその食肉処理業者を見て「確かにそのようなことがあった。ただその時、私は小乗仏教を修煉していたため、自らの解脱しか思わず、衆生を再度することは考えもしなかった。もし彼が道理を聞いて法を得る願望があるなら、私はその為にもう一度世の中に行って彼を救いたい。」と言った。その後、地藏王菩薩はその食肉処理業者を生まれ変わらせて、依然として食肉処理業者にならせ、僧侶も生まれ変わらせて再び僧侶にならせた。ある日、この二人は偶然街頭で出会った。僧侶はあの食肉処理業者が肉を売っているのを見付けると、200両の銀貨を彼に預けながら、「あなたと一つ約束したい、私がここにいつ来ても、肉を持って行けるように保証して欲しい。」と言った。すると食肉処理業者は、「それは簡単なことだ。必ずやるよ。」と約束した。それから彼は毎日僧侶が肉を取りに来るのを待っていたが、その僧侶はなかなか現れなかった。

 3月3日は仏家の大法会だったので、皇帝は、その3日間、全国で殺生する事も、肉を食べることも許さず、違反者は斬首すると命令を下した。だが正にその日に、僧侶が肉を取りに食肉処理業者の前に現れた。食肉処理業者は「何故今まで来なかったのに、今になって来るのか。肉はない。皇帝が既に命令を下して、全国的に殺生を禁止している。だから、肉は無理だ。」と言った。すると、僧侶は、「それならあなたの肉を2両切って貰おう。」と言った。食肉処理業者は、「それは駄目だ。痛みに耐えられない。」と言うと、それに対して僧侶は「私はただあなたの肉を2両だけ貰うのであって、命を貰うのではない。」と言った。すると食肉処理業者は再度「あれは駄目だ。痛いから。」と言った。出家人は「あなたは毎日のように殺生をしている。あんなに多くの命を奪っているではないか。まさかそれらの者が痛みを感じないとでも思っているのか。」と言った。それを聞くと、食肉処理業者は、はっと目覚めて、「そのとおりだ。彼は私に2両の肉を求めているだけで、命を奪うわけでもないのに私は出来ない。しかし、私は普段沢山の生き物を殺している。どれだけの罪を犯しているのか、数えきれない。」と思った。その後、食肉処理業者は包丁を捨てて、その僧侶と一緒に修煉し、円満成就して果位を得た。

 この物語から、私は啓発を受けて、正法時期の大法弟子である私達を思い出した。私たちは師父の寛大な慈悲の下で、衆生を済度するという偉大な使命を担っている。しかし、毎日知人や見知らぬ人とすれ違う中で、彼たちを済度する機会をどれほど見逃しているだろうか。ある人は、「縁に従う」と言っている。彼に真相説明が出来ないのは、彼に縁がないのだと言っている。時間がないとばかり思わず、例えば、今日は私から、明日は他の大法弟子から、というふうに真相説明をされると、その人は、聞いたことが多ければ多いほど、理解するようになり、助かる機会が増える。しかし、機会を見逃すと、その人は済度されない。物語の中の食肉処理業者は、幸運に恵まれて小乗仏教の修練者が生まれ変わって彼を救った。しかし私達の修煉、私達の済度はこの世の間で一度しかなく、二度は存在しない。助けられなかった人々は、食肉処理業者のように地獄の中の情況にあい、衆生は機会を見逃すことで永遠に命を失うかもしれない。今日の衆生は皆、法を得る為に生まれてきている。大法弟子として、済度を待っている知人、すれ違う全ての人々を、私たちは機会を見逃さないようにする必要がある。





(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2004/10/4/85796.html