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迫害されて死亡した張啓発さんの娘・張琪さんの情況(写真)

 文/吉林省大法弟子

 【明慧ネット2004年10月20日】吉林省白山市江源県林業局三チャ子林場の従業員の張啓発さんは2003年1月19日に長春朝陽溝労動教養所に迫害されて死亡、その父の張全福さんも2003年1月8日に長春朝陽溝労動教養所に迫害されて死亡。以下は娘・張琪さんの情況。

 姓名:張琪

 性別:女

 年齢:15歳

 家庭の住所:吉林省白山市江源県三チャ鎮正チャ街一委、郵便番号:134702

 監護人:祖母の焦永芝さん

 連絡電話:0439--3747822

 学校:江源県三チャ子林業局正チャ学校 中学2年

 住所:吉林省白山市江源県三チャ子林業局正チャ学校

張全福さんと孫の張琪さん

 江氏による残酷な法輪功迫害の中で、張琪さんは10日間に父とおじいさんの愛護を失って、心身は傷つけられた。凶悪な警官がいつも張さんの自宅までかき乱すため、彼女に恐喝を受けられた。張琪さんは以前、父親といっしょに生活していた。現在は祖父と父親が迫害されて死亡したため、祖母と叔母は生計が立てられず、時には母方の祖母の家で身を寄せている。

 張琪の祖母の焦永芝さん、67歳、1999年1月に法輪功を修煉して、2度北京へ陳情に行って、不法な労働による再教育1年に、長春で黒嘴子女子労動教養所で不法に1年35日間拘禁された。家に帰った後に、江源県派出所三チャ子支局はいつも家にきてかき乱す。2003年に1月8日、19日焦永芝は夫、息子を惜しくも失って、今は次女と一緒に生活する。信仰を堅持するため、本当の話を言って、息子、娘は三チャ林業局に除名されて、現在生計が立てられず、最低生活保証さえもらえなかった。街、鎮、県政府はお互いに責任を転嫁して、委員会の主任の李艶傑は派出所に申請を手渡して、派出所はいつも最低生活保障を口実にいつも家にきてかき乱す。現在、焦永芝さんは外地にいる二人の娘からの送金で生活を維持している。

 張啓発さんと張全福さんが迫害されて死亡した状況

 張啓発さん、男性、38歳、吉林省白山市江源県林業局三チャ林場の従業員。2002年3月に張啓発さんは不法に一年労働による再教育を科され、長春朝陽溝労動教養所に送り込まれて、2003年1月19日に迫害されて死亡。

 張啓発さん、98年11月法輪大法を修煉した後、心身はとても大きい変化が発生して、人生の本当の意義が分かった。法輪功が迫害された後に、99年12月に北京へ陳情に行って、1ヶ月拘留されて、2000年2月に再度北京へ陳情に行って、労働による再教育2年に、白山市労動教養所で拘禁された。2002年2月19日に釈放されて、14日だけ家にいて、2002年3月6日晩に公安に強制連行されて、不法に1年労働による再教育を科されて、長春朝陽溝労動教養所に送り込まれた。2003年1月18日に釈放されて家に帰り、迫害により体全体がすべて傷跡で、皮膚は暗くて硬くて、硬いとげがいっぱい生えていた、硬い瘡、両足は痛みで歩くことができなくなって、呼吸は困難で、発音が澄まないで、痛さと痒さで我慢できないほどで、排泄も困難だった。2003年1月19日昼ごろに亡くなった。享年38歳。

 張全福さん、男性、65歳、吉林省白山市江源県林業局三チャ子林場の従業員。2003年1月8日、張全福さんは長春朝陽溝労動教養所(6大隊の2中隊)で迫害されて死亡。

 張全福さんは1999年1月法輪大法を修煉して、修煉する前は骨増殖症、尿毒症があって、修練した後に病症が全くなくなり、身体が健康になった。1999年7.20迫害後、心身が利益を受けたため、国家と政府を信頼していたので、99年12月に北京へ陳情に行ったが、北京の悪警察に捕まえられた後に、地元に返され半月拘留された。2000年2月に再度北京へ陳情に行って、白山市労働教養委員会に労働による再教育1年半を科された。2001年1月に釈放されて、家にいる期間、警察が何度も家をかき乱した。2002年3月6日晩にまた警察に連行されて、拘留した後に不法に朝陽溝労動教養所へ労働による再教育一年で送り込まれた。拘禁された期間に苦難を受け尽くして、死ぬ前に再びめった打ちされて、2003年1月8日に死亡、享年65歳。

 張全福さんが臨終前に甘い水を飲みたい願望も不法な人員に拒絶されて、彼の筋肉が萎縮して歩く能力がなくて、警察に強制的に上下階のフロアを引っ張られて食事に行っていた。彼はうみや血便が出て、全身疥癬に冒され、骨と皮ばかりにやせこけた。その上当番に当たられたり、悪警察の王福利に呼ばれて行ったりして、凶悪の警察の李忠波に顔を殴られた。


(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2004/10/20/87072.html