日本明慧


天安門広場で警察の暴行を目撃

 文/吉林市の良知のある人

 【明慧ネット2004年10月22日】私は法輪功学習者ではありませんが母と姉は法輪功学習者です。2001年7月20日、北京に陳情に行った母と姉を探しに私も北京の天安門広場に行きました。20日から22日のこの3日間、私はずっと天安門広場で家族を探し回りました。この3日間私は、法輪功学習者が受けている迫害の全てを目撃しました。今それらの迫害事実を公に打ち出して、迫害を受けている法輪功学習者の無罪を訴えたいと思います。魯迅先生が言われているように“痛みの後には必ず悲憤が現れるものだ。”

 第1幕:鮮血に染められた横断幕

 2001年7月20日の午前9時、私が天安門広場で慌てて母と姉を探している時、突然広場の東南側から騒ぎ立てている人の声が聞こえてきました。私はすぐ何か起きたと意識して、必死にそこに向かって走り出しました。警察のパトロール・カーが急行しているのが見えました。私がそこに着いた時には、すでに警官が5、6人の法輪功学習者を取り囲んで電気棒で滅多打ちにしていました。鮮血で横断幕は真っ赤に染められていましたが、法輪功学習者は必死に横断幕を引っ張り寄せて、自分の体で横断幕を守ろうとしました。法輪功学習者が相手にしているのは完全武装の警官であって、間もなくして、何人かの法輪功学習者は打たれて倒れました。しかし、彼らは依然として手で横断幕を強く握り続けていました。

 警官は彼らを蹴ったり殴ったりして無理やりパトロール・カーに閉じ込めました。この時突然、一人の背の高い老年男性の法輪功学習者が車から外に乗り出し、右手を高く上げて、“法輪大法は素晴らしい!”と大きな声で叫びました。彼は“素晴らしい”という言葉の途中で後部から警官に棒で殴られて倒れました。邪悪な警官は「この老いぼれめ、死にたいのか!」と罵りました。もう一人の警官がきてその学習者を車の中に投げ入れました。私の隣には何人かの外国人がいて、持っていたカメラでその現場を撮影しましたが、警官に見つかりました。警官はその場で彼らのカメラを奪い取って、フィルムを取り出して捨てながら“バカ野郎、どけ!”と気が狂ったかのように罵りました。

 警官と法輪功学習者が全部パトロール・カーに乗り終わると、車は天安門広場をゆっくり回りながら走り出しました。その時、パトロール・カーの中で警官が棒を振り回して学習者たちを叩き付ける“バン”、“バン”という激しい音とその様子がはっきりと見えました。間もなくして、車の中は静まりました。法輪功学習者全員が滅多打ちにされて倒れてしまったからです。車の中はどんな残酷な状況であったか想像し難いものではありませんでした。しかし、この時私の目の前が突然明るくなりました。車の中から“法輪功は素晴らしい”という文字が書いてある横断幕が広げ出されました!私は思わず魯迅先生の《劉和真君を記念して》という文章の中の言葉が思い出されました。「本当の勇士は残酷な人生に立ち向かう勇気があり、流れるような鮮血を正視する勇気があるのだ。」これらの法輪功学習者は“勇士”と言え、私は彼らのために勇気をもって、文章を通じてこの迫害の真犯人に対する悲憤を世の中に書き出すべきだと思いました。

 第2幕:裸足の女性の法輪功学習者

 2001年7月21日の昼、天安門広場は燃え上がるような厳しい暑さで広場にはあまり人影が見当たりませんでした。ほとんどが勤務中の私服警官でした。私は広場の真中にある電柱の影に隠れて日差しを避けました。しばらくして、一人の中年女性が歩いて来るのが見えました。法輪功学習者であることはすぐわかりました。彼女は持っていた傘を下に置いて、靴を脱いで座禅を組んで煉功を始めました。2分もしない内にパトロール・カーが走ってきて、車から下りて来た2人の警官が彼女を強引に引きずって行きました。この女性は素足で必死に叫びながら抵抗しましたが結局車の中に閉じ込められました。警官は彼女の傘と布袋さえ奪い取って現場から去って行きました。

 私は地面に置いたままの1足の靴を眺めながら、恐怖を感じました。 “お母さんと姉ちゃんは一体どこにいるのだろう。今の彼女のような酷い目に遭っていないだろうか!”と思うとたちまち涙が流れ出しました。この時突然、私は左耳に激しい痛みを感じました。血膿が流れ出していて、患っている中耳炎がすでに非常に深刻な状態になっていると意識しました。私は重い足でゆっくりと歩きながらひたすら家族の無事を祈るばかりでした。

 上記の2幕の文章は天安門広場での3日間の記憶の中で、一番印象深いものです。その他にも数10件の類似事件がありますがここでは割愛したいと思います。

 ※この文章は本人自らの目で見た実際のできごとを書いたものであって、偽りは一つもありません。一人の良知のある人が良い人間に対する邪悪の迫害のありのままを書いた事実なのです。


(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2004/10/22/87232.html