日本明慧


大法ネットの仕事の中、私の修煉の道

 文/西洋大法弟子

 【明慧ネット2004年10月26日】(訳文)

尊敬なる師父、同修各位、こんにちは:

1. 私が表に出てきた最初の一歩は大法ネットの文章を潤色することである

 私は2000年4月から大法を修煉し始め、数ヵ月たってはじめて法を正すことおよび法を正すことに参与することの重要性を理解することができたが、如何に参与すればよいかよく分らなかった。当地の洪法活動および他の真相を伝える洪法活動に参加しても、自分の恐怖心をなかなか放下することができず、本当に常人から抜け出せていないような気がした。私にとって、大規模な真相を伝える活動に参加するときは問題がなく、活動自体が面白くて、私は人込みに紛れ、完全に他人に頼ることができた。真相資料を配ることあるいは人々に真相を伝えることなら、私には支障がなかった。私は大法ネットの文章を潤色してから初めて常人から抜け出すことができたと感じた。なぜなら、私の内心に隠された恐怖心、自分の欠点および他の学習者からの非難に直面しなければならず、修煉の初日から今まで私のこれらの執着を取り除くために先生はたくさんの機会を按配してくれた。

 私が表に出てくることを助けてくれたのは個人的な執着でもなければ、次元が落ちることを心配する心理作用でもなく、2000年12月に北アメリカ五大湖地区交流会で師父に会ったときに受けた激励である。五年後の今日、私はいつも自分に注意を与えている。「私がやっているのは常人の仕事ではなく、修煉である。私のあらゆる力量は全部大法から来るものである。私が疲れを感じ取ったり、あるいはやっていることが順調でないときは、他でもなく、法を学ぶことを首位に置いていないときである。」

2. 自分が行っていることの重要性を認識する

 過去の五年間に、私は学習者がより全面的に真相を伝え、世人を救うために成し遂げた努力に驚いた。師父は「一部のことは常人がやっていることのように見えますが、常人は私利のため、常人の目的のためにしています。しかし、皆さんは大法のためにしています。立脚点が違います。皆さんは修煉の人で、将来その偉大さが分るはずです。中に皆さんが今分っている神聖なることと今分っていない神聖なることがあります。」とおっしゃった。(李洪志先生の北アメリカ五大湖地区交流会における説法)

 数年前、一人の高校生が毎朝学校の正門前で法輪功をやりたいと私に言ったので、私は彼女と一緒に学校前で煉功を始めた。私たちは周りの人々から、好奇、嘲笑、尊敬などの様々な反応を経験したが、私とこの新しい学習者は今やっていることが非常に神聖なるものであると認識したからこそ、朝の煉功場所がより円満となった。9.11事件の日にこの高校生は「明日ペパーテストがあるから煉功に行けない」と言ったが、「私は行きます」と彼女に言った。9.11事件が発生した後、私の頭に様々な恐怖が現れて来た。人々が私のことや法輪功のことを異端と見ることを心配したり、学校の学生さんたちが私を腹いせの対象とすることを心配したりしていた。私はもう少しで行けなくなるところだった。結局、これらの思いは不正であると意識し、計画通りに煉功に行った。最初に一人の学生さんが私を嘲笑したが、すぐにもう一人の学生さんは「彼女を嘲笑しないで、あなたは彼女の今やっていることがどれほど重要かわからないから」と言った。私はこの学生さんの素晴らしい洞察力に驚いた。同時にこれも私たちのやっていることがどれほど重要であるかと注意を与えてくれた。

 私が大法ネットの仕事をする経験上、時にはよくやっており、時には明らかな誤りさえも見えないことがある。私は自分が今やっていることの重要性を意識すると、全精力を集中させることができるようになった。現れて来た効果も違った。私はこれからもずっと続けて、今やっていることをよく成し遂げ、自分が担っている役割を果たしていこうと決めた。大法ネットの仕事に従事する機会を下さったことに感謝する。時間はますます緊迫となり、我々の目標も近づいており、私はいつもこの貴重な時間を大事にしてねと自分に注意を与えている。師父は「今日の大法弟子は自分が行うべきことを正しく行い、この数年の風雨の中を歩んで来ることができれば、将来皆さんには全てが見えるようになります。大切にしましょう。くれぐれも既に歩んだ道を大切にしてください。これからの道も必ずしっかり歩んでください」とおっしゃった。(2004年米国西部法会での説法)

 (2004年10月16交流会の発言により)

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2004/10/26/87650.html