日本明慧


正念さえあれば、如何なる困難も私達を阻むことはできない

 文/山東省大法弟子

 【明慧ネット2004年10月28日】私の身辺で発生した下記の“出来事”を書いたのは、自分の正念の作用に対して疑っている同修らに、自分の正念を堅く信じさせ、師父の説かれた一つ一つの言葉は全て法力が無辺であることを、堅く信じさせたいからである。全ての全ては私達の信じる程度によって決まるのである。

 今年の夏のある日、60数歳の女性の同修が市役所へ行き、真相資料を配った時の出来事である。丁度、表門の内側に自転車が1台置いてあるのを見て、同修は真相のCD-ROMを一枚自転車のかごに入れた。その時、突然、人が走ってきて、彼女をしっかりと掴み、市庁舎の方へ引っ張りながら言った「行こう!中に入って話そう!」。この同修は少しも慌てず、先ず正念を発した。口訣を念じ終わった途端、彼女を掴んでいた手が離れた。その悪人を見ると、ぽかんとしてそこに立ったまま動かなかった。この同修はこうして正々堂々と家に帰って来た。

 もう一人の同修は字が読めず、私に代筆を頼んで、同修らにこう告げた「師父を信じ、法を信じると、貴方を動かせる人は誰一人としていない」。まさにこの一念で、彼女は正々堂々とこの5年間を歩んで来た。

 彼女は30数歳である。大法を学んでから、字が読めるようになった。1999年、江氏集団が大法を迫害し始めて後に、彼女は一人で北京へ行ったことがある。小さい時から遠い旅に出たことのないこの農家の女性は、ただ師父を堅く信じる心だけを頼りに、天安門広場まで無事に行くことができた。当時、取り調べはとても厳しかった。身に一銭もない情況下で、彼女はまた一人で北京から家に帰ってくることもできた。

 SARS(重症急性呼吸器症候群)が流行していた時、至るところは閉鎖され、往来する人に対する取調べもとても厳しかった。しかし、この同修が師父の経文を他の同修らに届けることを阻止することはできなかった。一度、彼女が同修に資料を届けた時の出来事である。当時、門番は表門のあたりを行き来していた。彼女は師父が自分の傍にいらっしゃることを堅く信じていた。彼女は歩きながら、今いる所の他の空間での邪悪と卑しい鬼が全て解体するように正念を発していた。正念を発することによって、大法の神通は大法弟子のために、門番に表門を開かせてくれた。丁度この時、一台の乗用車が庭の中から走ってきた。一人の女性を乗せるために、乗用車は門の入り口に停車した。この間に、この同修は自転車に乗って庭の中へ入って行った。中の同修の家に着くと、同修も彼女の正念が強く、師父が助けてくださったのだと思った。

 彼女は常にこう言っている「私達の正念が強ければ、如何なる困難も私達を阻止することはできない」。

 (第1回大陸大法弟子の修煉会得書面交流大会の交流原稿)

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2004/10/28/87700.html