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拷問により精神異常となった中学教師

 【明慧ネット2004年11月27日】黒龍江省鶏西市第十中学校の教師である王密さんは、法輪大法(Falun Dafa)の修煉を堅持したことにより、不法に10年間の刑に処され、2002年3月にハルピン刑務所へ収容され、迫害を受けました。そして、2004年7月1日、秘密裏に大慶刑務所へと移送されました。移送後、所内で鉄棒により頭部を猛打され、三昼夜に渡り意識不明の状態になりました。以降、王密さんは、意識が定まらず精神に異常を来しましたが、未だに監禁されています。

 王密さん(男性、1963年8月7日生まれ、41歳)、黒龍江省鶏西市第十中学校教員。1997年法輪大法(Falun Dafa)の修煉をはじめました。修煉後は、心身共に健康となり、はつらつとなりました。風邪やインフルエンザが蔓延する季節において、他の教員が発熱し、咳が止まらないという状態になっていても、全く影響されなくなりました。修煉する前には、とても考えられないことでした。また、「真・善・忍」に基づき、自分を厳しく律し、道徳レベルを絶えず向上させました。せっかちだった性格も穏やかになり、身内であろうと、他の人であろうと、仲良く出来るようになりました。常に他人に優しく、思いやりをもって接することを心がけ、仕事に対しても見返りを求めることなく、誠意をもって励み、大らかな人となりました。

 王さんは体育の教員でした。度々自費で、生徒達にボールや縄跳び用の縄、フリスビーなどの体育用品を購入しました。また、朝晩の休憩時間を利用しては、生徒たちに体育鍛錬の指導するなど、心から生徒たちに関心を寄せ、愛護していました。

 王さんが不法監禁された後、生徒たちは彼の家族に会うたびに、「王先生はどこにいるのですか?私達は先生のことをいつも思っています。先生にこのことを伝えてください」という伝言を残していきます。上司や同僚、生徒たちから親戚に至るまで、人望も高く、皆が認める良い人です。他人や社会、ひいては国にも有益となろう自分自身を厳しく律する人が、1999年7月20日以降、絶え間なく迫害を受け、心身ともにひどく傷つけられ、幾度も生命の危険に、さらされています。

 2000年2月、陳情のため北京へと上京しました。天安門広場で、腰を下ろそうとした瞬間に逮捕されました。鶏西市の北京駐在事務所で不法な取り調べを受け、身体検査をされた上、所持金の3〜400元は没収されました。その後、鶏西市滴道区公安支局及び鶏西市十中学校の上司によって、連れ帰されましたが、鶏西市第二拘置所に40数日間監禁されました。2000年11月、再度陳情のため北京へ上京しましたが、再び天安門広場で逮捕されました。移送中に脱出することが出来ましたが、鶏西市に捜査網が張られてしまい、家には帰れず、落ち着く場所がなくなりました。2001年5月には、不法に逮捕されましたが、再び脱出することが出来ました。ところが、2001年6月再び不法に逮捕され、鶏西市鶏冠区公安支局で酷刑による拷問を受けました。鶏西市第一拘置所へ移送され、酷刑(長時間吊るす、トラの椅子等といった拷問)に処されました。この拷問によって心身ともひどく傷つけられ、全身が腫れ上がりました。その後、鶏西市司法局病院へと搬送され、医師は生命の危険があると診断しましたが、警察はその言葉を無視し解放せず、更に家族からは金銭を強請り取りました。

 2002年の年初、王さんは鶏西市鶏冠区裁判所によって、不法に10年の刑を言い渡されました。家族の傍聴も許されませんでした。2002年3月、ハルピン刑務所へと移送され、非人道的な虐待を受け、身体の傷は一層ひどくなり、悪化しました。身長182センチ、体重70数キロという立派な体格であったのが、迫害によって、文字通り痩せこけ骨と皮という状態になっています。その後、高熱状態が続いたために、ハルピン刑務所病院へと移送されました。ヘモグロビン値が低く、肺結核であると診断されました。家族は、保釈の上、外部の病院での治療を求めましたが、刑務所側は、「判決が下りたばかりであるため、保釈、外部の病院における治療は認められない」という回答でした。刑務所病院側からは、治療費の要求ばかりが家族にありました。

 2004年6月、家族は王さんに面会するため、刑務所を訪ねましたが、面会を拒否されました。電話で問い合わせたところの刑務所側の回答は、「彼は元気です」ということでした。しかし、実際には、王さんは鉄棒で頭部を猛打され、三昼夜に渡り意識不明の状態となり、精神に異常を来したのでした(具体的な時間、暴行をふるった者については現在調査中である)。2004年7月1日、密かに大慶刑務所へと移送されましたが、既に衣服も身につけること無く、さまよう様になり、看護に数人を要するようになっています。刑務所長は、精神病と言っています。

 しかし、家族の外部の病院で治療をしたいという要求に対しては、適当な言い訳で言い逃れています。家族からの法的鑑定の要求に対しても、刑務所側(刑務所隊長)は、やはり言葉を濁しています。2004年9月末から10月初旬にかけて、警官らは紀律違反と称し、特別室へ移動させた上に、更に迫害を加えました。王密さんは、迫害によって精神異常となったにも関わらず、監禁を継続していること自体が、既に刑務所の規則に違反していることではないでしょうか。果たして、王密さんが違反をしたのでしょうか。本当は刑務所側が違反をしたのではないでしょうか?


(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2004/11/27/90146.html