日本明慧


真相を伝える中で頑丈な全体を形成し、更に多くの世の人々を救う(写真)

 文/ドイツのルール地区の大法弟子

 【明慧ネット2004年12月14日】ドイツケルン大聖堂の前で毎日とても多くの中国旅行団を見ることができる。またたく間に、私達がケルン教会堂の前で設立した真相を説明するための展示活動は、すでに4ヶ月となり順調に運営されていた。10月に入って、真相説明に参与していた大学生の弟子達は学校が始まったので、もともとすべての展示台を撤去しなければならないと思っていた。しかし古い学習者と密接に連絡をとり、互いに助け合って、新しい学習者は積極的に努力したので、法の上での理解がとても速く進んだ。法を学んでただ半年あるいは何ヶ月の情況下で、月曜日〜金曜日の真相を伝える棟木を担いだ。

酷刑パフォーマンスは中国で行った迫害を再現した 道行く人が酷刑パフォーマンスを注目する

 一、互に助け合い、共に生活の上の困難を克服する 

 ケルンに行く十分な時間を作るため、同時に常人社会の生活状態にも合わせ、経済の問題も解決するために、私達は多くの方法を考えた。例えば、もともと別々に仕事をしていた同修が協力して一つの仕事をする。このようにすれば、一週間のうち、2人はいつも法を広げ、真相を伝える時間を何日間かとれる。最後に、法の上ではっきり理解した場合、みな週末の仕事あるいはパートタイマーの仕事を見つけた。間借りする同修は、家の比較的大きい同修のところを借りた。経済の上で互いに利益があるだけではなく、交流、協力する機会は多くなった。

 今年の冬、ドイツの気候は寒くて、ケルン大聖堂の前に位置する展示台はちょうど1つの風の通路にある。ここの平均気温は周辺部よりいつも低い。大風が吹く時、よく周りの人は吹き飛ばされて走ってしまい、いったりきったりする。「ひとつが動かないと万動を制止する」(《米国中部法会での説法》)、私達の学習者がここで第2式の功法を煉功する時、全然動かないことができる。しかし、丸1日8時間ここに立つことは、簡単な事ことではない。月曜日から木曜日まで毎日展示台に行く同修は気温が突然下がった次の一週間で吐いてしまった。他の同修は、そのことを耳にしてから、心の中は皆悲しんだ。彼女を慰める人もいれば、彼女といっしょに心性の問題を分析するように手伝ってくれる人もいた。急いで国内で綿入れのズボンを買う人もいた。実用的でまた適当な服装を探すために、テレホンカードを数枚使った。よく選んだ後に、彼女が8、9枚を買った。暖かくて、適当なズボンを手に入れた時、彼女は微笑んでこの冬はどこへ行っても寒さを怖がらなくてもいいと言った。

 服装の話に及ぶと、小さな事を思い付いて、たいへん師父に感謝している。温度が下がった2週間目、寒風の中で寒いと言う同修はいないが、しかしやはり同修が真相の資料を手渡す時に多少身震いするのを見かけた。ある同修は価格も安くて、厚い羽毛ジャケットがあればと思っていた。結局、展示台より30メートルほど離れたあるブティックの中で、値引きした短い羽毛ジャケットを売っていた。10ユーロだけで買えて、また黄色であった。その時、厚い綿入れの服をもっていない4、5人の同修が皆買った。皆は笑いながら、私達の統一のユニフォームにすることができると言った。私達は正しくさえすれば、師父はいつも私達を見守っている。

 二、お互いに交流して、共に高まる

 ニューヨークに行った2人の同修はとてもよい経験を持って帰ってきた。彼らは台湾の学習者と暮らしていた。彼らの全体の意識がとても強いことに気が付いた。真相を伝える過程の中で、協調する同修はこのようにしようと言って、その他の同修はそれに従って行動する。これは彼らがその他の学習者に盲従するのではなく、彼らは真相を伝える時、全体の力がとても大きいことをよく知っていて、皆の無条件の協力があるからこそ、最もよく世間の人を救う効果を達成することができる。いつもケルン教会堂の前で資料を配るドイツ同修が耳にして、長く考えてから、協調する同修に対して、「今後、あなた達は何を言って、私は何をする。」と言った。西洋文化を理解する人は皆知っているが、この簡単な話の後はどれだけ着実な修煉過程を体現したのか。

 大規模な活動に参加して帰ってきた同修が言った言葉を耳にしたことがある。今度の私達の国家あるいは私達の地区の協調がどのようによくないか。実は、協調して仕事がよくできないのは、別に協調する同修の仕事がよくできていないわけではなくて、それは私達のこの地区あるいはこの国家の全体にまだ距離があることを現している。多くの協調する同修は長期にわたって協調して仕事をする中で、一定の事をする方法を形成するが、これらの方法は時には私達に法が私達に対する要求にはまだとても遠いと感じさせることがある。しかし、これらの方法はよく効き目がある。実修の中でこのような方法に総括したのである。私達全体の行動方式が変わる時、協調して仕事をする同修も変わると信じている。ある問題の上で協調する同修とその他の同修は皆寛容な態度をとることができるなら、私達は頑丈な全体を形成することができる。「彼らの心はどういう状態なのでしょうか?それは寛容であり、非常に大きな寛容であり、他の生命を受け容れ、本当に相手の立場に立って他の生命のことを考えてあげることができます。」(《2002年米国フィラデルフィアの法会での説法》) 

 ケルンで真相を伝えるという協調して行う仕事をまとめるのは、一人の調停者ではなくて、1つの調和するグループである。彼らは電話をかけて、私達地区の同修と広範囲に交流して、出てくることのできる人をそれぞれ励ます。同修と同修の間は密接に交流をして、深刻に出てくる意義を認識して、ほとんど止まったことがなかった。皆さんは皆感じることができるが、法が私達に対する要求はますます高くなる。法理に対する認識も1歩ずつついて行かなければならない。これらの仕事は誰かにやってもらうように求める人がいるわけではなく、皆自発的にやっている。私達この全体の中で、それぞれは世に知られない小さい役どころで、スター学習者はいない。

 修煉の中で常人の中の名利心は取り除かれていないので、もちろん私達の間で矛盾することがある。時には甚だしきに至って対立はとても突出することがありえる。初め酷刑パフォーマンスの前、内外の圧力のため、二人の同修は言い争い始めた。二人ともとても感動して、皆涙を流した。しかし言い争った5分後で、皆がパフォーマンスの具体的な細い点を相談する時、この事は発生したことがないようであった。酷刑パフォーマンスの時に、何人かの参与者が全力で参与した心は巨大なエネルギーの場を形成した。何人かの同修は皆泣いた。皆は涙を流がしながら活動をすませた。効果はとてもよかった。見る観衆はとても多くて、現地の新聞も報道を行った。まさにこのようないつも法を実証し、真相を伝え、師父に協力して衆生を救うことを第1位に置いている心は、私達を活発な全体に凝結させたのだ。

 法に対する認識が深く入り込むに従って、私達はますます感じているが、毎回の生まれ変わりを通して、私達は幸運に今生で師父について修煉するができて、私達の持ったすべて、各種の能力は皆師父が与えてくれたのだ。弟子として、師父の洪大な慈悲の前に、私達はただ多くの足りないところを感じるだけで、どこか誇らしくなることがあるのか? 

 私達は深く師父に対して敬意を申し上げると共に、今後もっと良く行うように努力しよう!

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2004/12/14/91423.html