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山東文登市の大法弟子の邱愛花さんが冤罪を晴らせずに死亡

 【明慧ネット2005年2月9日】山東文登市候家鎮呉家灘の大法弟子の邱愛花さん、2000年北京へ陳情に行ったとき、現地の警察に酷く迫害されて、夫婦ともに公職を失い、夫は彼女に怒り、彼女は2004年旧暦5月9日に冤罪を晴らせないまま亡くなった。
 邱愛花さん、44歳女性、1996年に大法を修煉し、真・善・忍を修め始めた。2000年7月2日北京へ陳情に行って、文登に連行されて、また文登宋村派出所で迫害された。警察所長の徐強、副所長の刑樹武は、パトカーの中から悪行をはじめ、派出所に入ってからも、二人の警察はまた邱愛花さんの髪の毛を半分引き裂いて、頭を引っ張って壁にぶつけ、殴り倒し、まだ革靴で顔を蹴り、邱愛花さんは迫害されて顔もわからなくなった。
 それから、邱愛花さんは夫婦ともに公職を失って、旦那さんは真相がはっきりわかっていなかったので、江沢民集団のペテンの下彼女を怒り、彼女に対して殴ったりののしったりした。強制的に重労働をやらせられ、終りのない苦しい労働、耐え難い殴打と罵り、さらに警察の直接の迫害で肉体と精神は傷つけられ、邱愛花さんは旧暦の2004年5月9日に冤罪を晴らせないまま亡くなった。
 邱愛花さんを迫害して死に至らしめた凶悪犯は、宋村派出所所長の徐強、副所長の刑樹武である。文登市市長、党委員会副書記の王強は2000年10月9日に開いた市、課級以上の幹部会議で「むしろ3000を間違って逮捕してもいい、一人も漏らしてはいけない、まだ北京へ陳情に行く者がいれば、捕まえて彼らの足の筋を切ってやる……」と、悪辣に言ったという。

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2005/2/9/95151.html