日本明慧


長沙新開鋪労働教養所が聶飛耀さんに行った迫害

 【明慧ネット2005年11月25日】衡陽市大法弟子の聶飛耀さんは大学卒業後、広州で働いていたが、大法の真相資料を配っただけで、二度強制連行され、湖南省の長沙新開鋪労働教養所へ送り込まれ、非人道的な迫害を受けた。2004年に労働教養所から釈放されて以来、精神は常にぼんやりとした状態で、正常ではなくなり、ぼうっとするようになった。意識が多少ははっきりしている時に迫害経緯を概ね書いた。彼の状況を見る限り、教養所で神経を破壊する何らかの薬物を投与されたのではないかと思われる。彼が受けた迫害を暴露するため、彼の妻はこの迫害資料を我々に届けてくれた。以下は聶飛耀さんが受けた迫害の経緯の一部である。

 長沙新開鋪労働教養所で私は数々の残酷な迫害を受けた。まず彼らはユダ、そして、邪に悟った者たちを動員し、持久戦を行った。法輪大法を誹謗中傷しているビデオを一日中流し、ユダたちが入れ替わりながら休むまもなく自らが邪に悟った邪説を説く。このようなことが二週間も続いた。私がもう精神的に耐えられなくなると、迫害はさらに強化された。麻薬中毒者(多いときには6人)に囲まれ、行動は制限され、話すことも許されなかった。最後はまるで死人を扱うように私をベットに縛りつけた。両手は頭の上で縛られ、両足も縛った状態で布帯で私の全身をベットに縛り付けた。まったく動けないばかりか、口は汚れた靴下で塞がれ、何度も窒息しそうになった。このような状態でまる四日間放置された。ベットから降ろされたとき、私は動けなくなり、一週間は歩くこともできなかった。両手は感覚を失い、茶碗を持ち上げることさえできなかった。それ以来、いつもぼんやりし、ぼ〜っとすることが多くなり、何が起こったのかも覚えていなかった。この期間中、父が遥々衡陽から面会に来たらしいのだが、教養所側は面会を許可しなかっただけでなく、(迫害事実がばれるのを恐れて)私には何も知らせてくれなかった。その後私の妻が労働教養所宛に書いた苦情・訴えの手紙が届くと、彼らは偽善的に私を慰めながら、「私は何事も無く、すべてが順調」との嘘の返事を私に書かせた。目的は彼らの私に対する迫害事実を隠すためだった。

 刑期満了日が近づくと、彼らはまた裏で迫害を強化した。そして何度も私に転向書に署名するよう強要した。何が原因なのかわからないが、私の精神状態がおかしくなり、意識がはっきりしなかったり、さらには記憶喪失状態になったりもした。支えがないと歩行もできない状態で、食事も自分でできなくなり、ほとんどの自立能力を失い、まるで知能障害者のようになってしまった。責任を問われるのを恐れて、彼らは私を騙して転向書に署名をさせ、また警察に迎えに来させ、家まで送った。当時の私の精神状態は正常ではなかったので、大きな損害と迫害を被ることになった。

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2005/11/25/115204.html