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李業泉さんは大慶労働教養所で迫害されて歩けなくなった

 【明慧ネット2005年12月16日】9月27日に大慶労働教養所へ連行された大法弟子の李業泉さんは、現在、絶食で迫害に抗議し続けているが、警官は24時間李さんを手錠、足錠でベッドに嵌め、鼻に管を入れ放しにしている。12月12日で、李さんは絶食してすでに82日間になった。家族が面会に行ったとき、李さんは極度に虚弱していて歩けないほどで、ずっと頭を下げ、顔を上げてものを見る目も力なさそうだった、家族は彼の横に近づいて彼の話を聞こうとしたがはっきり聞こえなかった。

 李業泉さん(38)は、吉林工業大学卒業、元大慶射孔弾工場副主任だった。法輪功を修煉したため、何回も不法に拘禁され、強行に洗脳された。2005年9月23日、路頭に迷った李業泉さんは警察に拉致され、9月27日に不法に二年間の労働教養に処された。李業泉さんがずっと絶食で迫害に抗議すると、毎日野蛮に食物を入れられ、暴力で苦しめられたが、その間、悪らつな警官の王英州は李業泉さんの口の中に酒を注ぎ、痰を吐きかけ、また李さんの身体に冷水をかけるなどした。悪らつな警官は24時間李さんに手錠、足錠をはめ、鼻に管を入れっぱなしにした。

 李業泉さんの家族は12月12日、大慶労働教養所で面会を要求したが、結局、大慶労働教養所は何回も困らせ、朝の8時半から7時間も待たせた。その後やっと李業泉さんに会えたが、面会時間はたった7分しかなかった。以下は李業泉さんの家族が当日遭遇したことである。

 2005年12月12日午前8時半、李業泉さんの家族は大慶労働教養所紀検課の劉という課長のオフィスに行き、一大隊の警官の王英州が李業泉さんの口の中に酒を注ぎ、痰を吐きかけ、李さんの身体に冷水をかけるなどの悪行をしたことを話した。劉課長はすぐ否定した。

 李さんの家族は「何年か前、労働教養所で警官は人を殴り、死亡させた事件が発生した、やはり調べてください。王英州の不法行為を制止させてください、この類の事件がまた発生することを避けるために」と言った。劉課長はすぐに怒って、李さんの家族をオフィスから追い出した。

 李さんの家族は労働教養所紀検課オフィスへ行き、以上の情況を沈という副課長に話した。一人の若い職員がこれを記録した。

 李さんの家族は労働教養所副所長の王詠湘のオフィスに行き、李業泉さんとの面会を要求したが、王詠湘は野蛮に、「会わせない、会いたいなら二年後に来い!」と言って、無視した。昼ごはんの時間になって、王詠湘はドアを開き、「出て行け!」と言った。しかし家族はそこを離れず、李業泉さんとの面会を要求し続けた。

 午後、王詠湘と王英州がオフィスに戻ると、李さんの家族は再び面会を要求した。王英州は親切ごかしに「行きましょう、面会に連れて行ってあげる」と言った。家族は王英州と一緒に一大隊守衛室まで行ったが、王英州は一大隊に入ると、音信がなくなり、李さんの家族は空腹のまま寒い中で待っていた。午後1時半になっても連絡がないので、李さんの家族は守衛にライ仲輝と王英州に連絡するように求めると、王英州は電話の中で「王詠湘が許可しなかったため、面会できない」と言った。

 家族はオフィスの王詠湘を探し当てると、王詠湘は「面会は無理だ、どこかへ訴えるなら、そこへ行け、私は怖くない」と言った。李さんの家族は「どの法律が法輪功の家族は面会できないと言ったの? なにか人に見せられないことがあるから、面会させないの?」と尋ねた。王詠湘は「絶対に面会できない!」と言った。寒くて、空腹で、悲しみ憤った家族は涙を流して「会えないと、ここから離れません。ここに泊まります!」と言った。

 このようにして、朝8時半から午後3時過ぎまで、家族が7時間待っていると、労働教養所は仕方なく、李業泉さんとの面会を許した。しかし悪らつな警官・王詠湘の命令の下で、面会の時間は7分間もなく、話すことも許されなかった。家族が見たのは、黒くて痩せ細り、力もなく、極度に衰弱して、他の受刑者に支えられて入って来た李業泉さんだった。李業泉さんはずっと頭が垂れていて、顔を上げて目にも力がなさそうで、家族は彼の横に近づいて彼の話を聞こうとしたがはっきり聞こえなかった。家族はとても悲痛だった。

(関係箇所の電話番号省略)

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2005/12/16/116638.html