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湖南省津市:公安局610オフィスは多数の法輪功学習者を不法に連行

 【明慧ネット2006年1月9日】2005年12月20日夜10時頃、湖南省津市の公安局610オフィスの警官らは、周仁定、雷民主、羅丕傑などに率いられ、法輪功学習者・胡小軍さん、胡慧玲さんの家のドアを壊し、部屋に侵入した。2人の学習者を殴り、そして不法に連行した。同時に、法輪功学習者・胡興媛さん、?麗雅さん、楊厳寿さん、沈臘珍さんも、留置場に不法に連行し拘禁した。悪らつな警官らは残酷な手口で、学習者を縛って吊るし上げ、激しく殴打した。

 胡慧玲さんとその姉・胡興媛さんは、この数年来、津市610オフィス、津市公安局と住民委員会からさんざん苦しめられた。2000年2月27日、慧玲さんは北京に陳情に行き、北京の前門派出所に拘留された。その後津市に護送され、看守所(未決拘留施設)に36日間不法に拘禁され、また留置場に移された。5月18日にやっと釈放された。しかし、会社は慧玲さんを解雇した。

 興媛さんは2000年3月4日、理不尽にも留置場に入れられ、不法に42日間も拘禁され、2000元をゆすり取られてからやっと釈放された。2000年6月28日、興媛さんは派出所と住民委員会に騙され、労働教養所に不法に連行され、1ヶ月間の洗脳を強いられた。

 2000年12月30日、興媛さんと慧玲さんなど4人の法輪功学習者が、北京に陳情に行ったが、津市公安局の3人の悪らつな警官に、津市看守所に連行された。当日午後2時過ぎ、610オフィスの悪人・彭道栄は数人の警官を連れて、興媛さんに対し暴行を加え始めた。興媛さんを蹴り倒し、地面にひざまずくように強制し、両腕を背後にがんじがらめに縛り、竹の板で力いっぱい手を殴った。2時間後、悪らつな警官・馬建華がやってきて、眼に凶悪な光を発しながら、革靴を履いた足で興媛さんの足を踏み砕いた。非人道的な拷問は10時過ぎまで続いた。

 慧玲さんは看守所に36日間監禁された後、留置場に移された。2001年3月7日夜中、慧玲さんは夢の中から突然呼び起こされ、看守所に連れて行かれた。そこで2人の悪らつな警官は、慧玲さんを殴ったり蹴ったりし、ひざまずくように強いて、両腕を背後にがんじがらめに縛った。悪らつな警官は脱いだ革靴で、力いっぱいに慧玲さんの顔をはたき、もう1人の警官は革靴を履いた足で、慧玲さんの足を踏み砕いた。

 2001年3月23日夜中1時、馬建華、王田、彭道元をはじめとする6人の610オフィスの警官は、興媛さんを尋問し、それぞれ残虐で野蛮な手口で虐待した。びんたを食わす者もいれば、握り拳で背中を殴る者、耳を引っ張る者、火のついたタバコで火傷させる者、足で蹴る者もいた……このようにして虐待は3時頃まで続いた。2001年4月2日、数名の法輪功学習者は、労働教養を言い渡された。興媛さんは不法に1年半、慧玲さんは不法に1年の労働教養を言い渡された。労働教養が終わって釈放された時、学習者は迫害により、すでに息絶え絶えの状態であった。

 津市留置場場長・章振生は悪人が気ままに暴力を加えることをかばい放任していた。そのため学習者が虐殺されたことは、しばしばあった。2005年2月4日ですでに4日間断食していた?徳秀さんは、布団ごと留置場から運び出された。610オフィスは津市人民病院に運び、点滴してから家に帰すと騙した。結局、?徳秀さんは「不明な薬物」を強引に注射され、意識不明になった後、車のトランクに入れられ、その夜すぐに白馬瀧労働教養所に送られた。白馬瀧労働教養所に入る前の身体検査で、高血圧だと診断されたが、悪らつな警官は依然として、?徳秀さんを強引に労働教養所に監禁した。


(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2006/1/9/118348.html