日本明慧


私のすごく小さな資料点

 文/台湾大法弟子

 【明慧ネット2005年12月31日】修煉して3年あまり、外出して家にいないとき以外、私は毎日同じ事をやっています。それは毎日大法のネット──明慧ネット、正見ネットおよびアジア正悟ネットなどの関連ネットを開き、素早く全ての文章を閲覧し、その後これらの文章を常人に適する文章、更に新しい修煉者に適する文章に分類します。法を得て修煉して以来、例え仕事場、親友の家、更に他の場所での洪法にせよ、私は既に幾人かを大法の修煉に導いています。中にはまだ修煉してはいないが、大法を認めており、支持の態度をとっている人に、メールアドレスを教えてもらい、毎日彼らに適した文章をメールで送り、引き続き大法の素晴らしい情報を提供しています。

 修煉を始めてから私は行く先々で真相を伝えるようになりました。それにより、子供の親睦班や補習班の責任者、更には理髪店の店長夫婦、子供の学校の教師や自分の親戚は皆法を得ました。中には仕事の関係上生活が忙しく、ネットを開く時間の無い人、あるいは家にパソコンの無い人などには、私は定期的に大法の関係資料や大法の活動情報、特に師父の経文が正式に発表されると、すぐに印刷して彼らの手元に届けます。彼らが法を正す過程の進度について行くことができるようにしています。これは現地における洪法の一面です。大陸へ真相を伝えることについては、私はやはりパソコンを通じて真相の情報を大陸に流しています。私はいくつもの真相を伝えるグループに参加しています。例えばQQチャートまたは論壇等など、この中には多くの衆生が、私たちが法輪功の真相を伝えるのを待っています。特に『九評』(中国共産党についての九つの論評)および脱党の情報は彼らにとって非常に重要です。『九評』および脱党が広まって以来、私はパソコンを使って一部の縁のある人に脱党の手助けをしています。本当にそれらの助かった衆生のために嬉しく思っています。
 
 実はそれらの大量の資料を扱う資料点の同修と比べれば、私は本当に恥ずかしく、資料点と言えるほどのものではありません。しかし、この数年来、私は絶えずこのようにしてきて、大きな効果を感じてきました。最初、何も知らない状態から目覚め、精進し修煉して真の大法弟子になるのを見て、私は本当に嬉しく思います。私たち大法弟子は一体であり、同修の不足や修煉中の障害に対し、力を尽くして助けるべきで、彼らにしっかりと成長させ、最後には自分の修煉の道を歩みます。実は全ての同修が皆小さな資料点を作るべきです。既に法を得た新しい修煉者を助けることのほかに、常人が大法の素晴らしさを喜んで見たり聞いたりする事が出来、後に法を得る基礎を築くのです。この様にして大地に花を咲かせることができます。

 大法弟子は何時でも何処でも法を実証しており、私たちはただ衆生を救い済度する願望さえあれば、慈悲なる師父は私たちの身の回りで加護して下さり、縁のある人を導いて私たちの真相説明を聞かせるのです。従って、私たちが利用可能な条件を放棄しないでください。パソコンにせよまたは口で伝えるにせよ、あるいは他の方法を利用して真相を伝え、法を実証するにせよ、それらは全て同じです。

 『2005年サンフランシスコでの説法』の中で、師父は「大法弟子はどのような特技があり、その特技がどのような文化形式をもって人類社会で現れているのかに関わらず、みな人間が備える特技になりました。今このように認識すればいいのです。大法弟子が法を実証する中で、自分の特技を利用して法を実証し、これは大法弟子が行うべきことです。自分の特技を利用して、力の及ぶ範囲で大法弟子が行うべきことを行ったとも言えます。ですから、とても良いことです。実は、それぞれ皆この様に行っているのではありませんか? コンピューターのできる人はネット封鎖を突破したり、ネットで真相を伝えたりしています。もちろんほかの技能もあり、皆同じです。実は何もできない人は、街頭で資料を配り、威徳は同じなのです。あなたが行った事が人類社会では先端技術ではないからといって、高い修煉境地に達することができないなど、これはあり得ないことです」。

 実は私たちに正念があれば、私たち自身でさえ、取っても、使っても尽きることがない資料点です。「修は己にありて、功は師にあり」、慈悲なる師父はとっくに私たちに円満成就に向かう光り輝く道を按排されています。ただ私たちがその一歩を踏み出すのを待っておられるのです。

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2005/12/31/117675.html