日本明慧


師父のご加護の下に、私とすれ違う悪人たち

 文/中国河北省石家莊大法弟子・於平(仮名)

 【明慧ネット2005年12月13日】私は1998年の旧暦11月に幸い法を得ることが出来ました。今まで7年近い間、私は師父の済度と慈悲な心に限りなく感謝しています。

 改めて思いますが、私が法を得るのはそんな簡単な事ではありませんでした。11月23日のあの日、ちょうど家を掃除しているときに、うちの姉はある見ず知らずのお姉さんを連れて来ました。彼女たちは、「法輪功」という功法は本当に素晴らしく、ぜひこの村の皆にも勉強してもらいたいと思って今日はここに来ましたと言った。法輪功は性命双修の功法であり、病気治療と健康保持をさせ、人を善に向かわせ、どんな時にもいい人でいるようと思える功法だと紹介してくれました。当時はまだ景気が悪く、VCDデッキのある家庭は少なかったので、村の支部書記の家で法輪功のVCDを放映しているというのです。彼女たちの話を聞きながら、私は急に頭の中にピーという音が鳴り、身体は血の気が引いたように寒くなり、なぜか怖くなってしまい「私は行かない」と言いました。あの姉さんは私の様子を見て「あなたは師父の講法を聞くべきだ」と言いました。結局彼女たちに説得されて行ってみました。

 最初の一日目や二日目は何も思わなかったのですが、三日目に「憑き物」と「身体の浄化」の話の時に、師父の話は本当に素晴らしい!と急に何もかも分かりました。身体もすぐにすごく軽くなったと思えて、師父は私の身体の良くない物を全部取り除いてくださったと分かりました。それで私は正法修煉を始めたのです。

 当時、村中に大法を修煉する人はかなり多く、毎日早朝、私はラジカセを持って皆と一緒に煉功をし、夜は一緒に法を学びました。以前、病気のある人は健康になり、人と喧嘩することもなくなりました。私自身は煉功する前に胃病、ノイローゼ、低血圧などの持病を持っていましたが、法を学んで煉功をしてからすべて治り、今まで薬一つも飲まなくなりました。これはすべて師父が与えてくださったことです。師父の慈悲なる保護の下で歩いてきました。私は永遠に師父についていき、しっかりと最後まで修煉すると誓いました。

 ちょうど修煉を始めて半年過ぎた頃、迫害が始まりました。テレビや新聞などが狂ったように大法の名を汚し中傷する、まるで一晩で天が崩壊したようになってしまいました。村の書記と、大隊長は家にやって来て、有無を言わせず私を鄉政府まで不法に連行し、強制的に保証書を書かせ、私に大法と師父の名を汚させようとしました。もし書かないと刑務所に送るとか、罰金するとか、永遠に家を帰らせないなどの脅迫に私は腹が立ちすぎて何を言っていいかわからなかったのです。しかし心の中は怖くて、混乱しながら保証書を書いてしまいました。あとになって考えれば考えるほどいけないことをしたと思いました。師父に申し訳ないと思いながら数日眠れませんでした。それで2日後に、明慧ネットで「厳正声明」を発表し、自分が書いた保証書を廃棄することを声明しました。声明を発表した後にようやく少し心が落ち着きました。

 しかし、それから私は穏やかな生活を過ごせなくなりました。ある日、畑で働いている時、ある心優しい幹部がやってきて「県公安局、610は鄉政府と協力してあなたを捕まえに来る、早く逃げなさい」と言った。当時の私は少しも怖いと思えなかったので、私は大法弟子であり、師父がいて、大法があって、真、善、忍の、宇宙大法を修煉し、何もかも良い人でいようとしている、悪い事はしないのに、なんで捕まえなくてはならないかと思い、逃げないと堅く決めました。しかし、主人にも親友にも早く家を出なさいと説得され、そもそも村から出るバスはもうすでになくなってしまい、私はかばんを持って歩きながら、どこに行けばいいのかと考えました。ふと目の前に一台のバスが止まっているのを見かけてすぐに乗りました。バスが発車した後、私を連行しようとする悪人たちがやってきて、ちょうど私とすれ違いました。これは師父が助けてくださって、危機から逃れたと悟りました。

 あと一回は、私が帰宅した後に近所の人が、「ついさっきまで法院、紀檢委、公安局、610、鄉政府の悪人たちがあなたの家を包囲していた。屋根や後ろのドアに隠れたり、窓の外から家の中を覗いたり、あなたが帰るのをずっと待っていても帰ってこなかったので、ついさっき帰ったばかりのときに、あなたが帰ってきた」といった。

 近所の人は、このようなことは何度もあって、夜中に来ることもあり、深夜1、2時に来ることさえあった。しかし私は一度も遭遇しませんでした。これはきっと師父の言われたように「弟子正念足 師有回天力」(『洪吟(二)』)かもしれません。

 師父と大法があって、黒い手や爛鬼は徹底的に解体させられるのです。

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2005/12/13/116422.html