日本明慧


蘇家屯事件から悟ったこと

 文:大陸法輪功学習者

 【明慧ネット2006年3月15日】明慧ネットの報道した瀋陽市蘇家屯労働教養所が法輪功学習者を迫害した事実を読んだ後、当地の一部の学習者と交流を行った。以下は交流を通して悟ったことである。

 最初に報道を読んだとき、驚き、怒りを感じた。最初に思ったのはなぜ世間で修煉者に対してこれほど残忍な手段が用いられるのでしょうか?つまり、なぜこれほど残忍な行為が世間での存在を許されるのでしょうか?たとえこれが旧勢力の邪悪な按配であったとしても、上界の正の神がなぜこの残忍な行為を制止しなかったのでしょうか?冷静になって法理上によく考えたら、だんだん認識がはっきりとなってきた。旧勢力が法を正す時期においてこれほど残忍な手段を用いて修煉者に対することは絶対間違いであり、われわれは決してこの邪悪な行為の存在を認めてはならない。人類の歴史上、特に中国の近代史と現代史上に数回に人が人を食う残忍な事件が発生したことがあるのではないでしょうか?歴史上に発生した如何なる事件も偶然ではなく、旧宇宙が最初にこのような残忍な事件の出現を按配したのは今日にこのような方式で大法弟子に試練を与えるためのではないでしょうか?

 明慧ネットの報道を読んだ後、数多くの弟子が驚き、怒りを感じたが、当初邪悪が師父と大法に対して迫害を行ったときになぜわれわれにこれほどの強い怒りがなかったのでしょうか?もしかしてわれわれの思想の底の潜在意識に自分の生命を大法より重く見ているからではないでしょうか?7年来、すべての弟子が三つのことをしっかりと成し遂げたならば、このような残忍な事件が現れるのでしょうか?

 しかし、残忍非道な迫害はすでに現れた。これほど痛ましい教訓がわれわれの不足を現し、今後の修煉の道に:

 第一、「必ずや常の観念を根底から変えなければなりません」(《転法輪》)。これを成し遂げたいならば、法を正す修煉の中に自我を放下し、自分を大法の一粒子として大法に溶け込ませ、法の上に法を認識し、三つのことをしっかりと成し遂げる中で法に同化し、大法を証明し、大法を守り、根本的に旧勢力の按配を否定し、師父が按配してくださった法を正す修煉の道を歩まなければならない。われわれの生命は大法のために存在するものであり、自分自身を完全に大法に溶け込ますこと自身こそが全宇宙の最大な安全である。

 第二、「最後になればなるほど、精進すべき」。自分に対して一刻も気を抜いてはならず、すべての修煉者は毎日三つのことをしっかりとやらなければならない。正念をできるだけ多く発し、邪悪を暴き出す強度を強めるべきであり、特に瀋陽市蘇家屯収容所のような邪悪ところを重点的に暴き出すべきであり、世人を救い済度すると同時に労働教養所に不法に監禁されているあらゆる法輪功学習者の邪悪を取り除くのを手助けする。

 第三、より広範に「九評」や真相を広げ、人々が真相を聞く邪魔を取り除く。


(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2006/3/15/122785.html