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石家庄市の法輪功学習者・李改珍さんが不法な迫害により死亡 

 【明慧ネット4月27日】河北省石家庄市の法輪功学習者・李改珍さんは、数回にわたって悪党人員の不法な迫害を受けた。彼女は、以前新楽市公安局に不法に拉致され殴打されたことがある。また、厳寒の日に、衣服を脱がされた後、雪の上で冷水を掛けられたこともある。その後、李改珍は不法に懲役3年と言う判決を受け、心身共に極度の傷害を受け、2006年4月6日にこの世を去った。

 李改珍(60歳女性)さんは、石家庄市沿西小区聯合宿舎8棟4門403室に住んでいる住民である。彼女は、邪党が大法を不法に迫害する前の石家庄市輔導站の新楽市分站の連絡人であり、1999年の4月25日に、法律に沿って上京し法輪功の真相を伝えたことがある。1999年7月、大法が不法に迫害を受けたので、李改珍さんは夫・王慶林さんと一緒に、1999年11月29日、再び上京して法輪功の真相を伝え、大法を証実した。このことで、彼女は石家庄建設大街派出所の悪辣な警官により拉致され、地元へ連れ戻された。その後、彼女は不法に15日間も拘留されたばかりでなく、3200元以上も詐欺された。不法に拘留されている期間中、彼女の勤め先は、彼女に給料を支払わないと決定し、12月から彼女の給料を停止した。拘留期間が満了した後、派出所の悪人達は、李改珍さんを彼女の勤め先へ送り、勤め先が彼女を不法に1999年12月31日まで監禁するようにした。

 2000年の旧暦の新年前である旧暦12月26日の午後、新楽市公安局の不法人員は、李改珍さんの家に不法に侵入し、彼女を不法に新楽市公安局へ拉致した。その後、悪人達は理由無く彼女に対して殴打した。数名の若くて力強い悪辣な警官は、50歳以上の老人に対して殴打を行い、自分達が疲れたら、彼女を院内の大きい木に縛って凍らせ、夕方暗くなってから、県看守所へ李改珍さんを送ったのである。翌日の夜(2月2日)、天気は非常に寒かったが、棉大衣を来た悪辣な警官は、再び彼女を苦しめに来た。この時、悪辣な警官は、雪で大きい雪の山を作り、強制的に老人の衣服を脱がせ、Tシャツとパンツだけにして、雪山の上を這い廻らせたのである。悪辣な警官は、寒さで震えながら這い這いしている李改珍さんの身体の上に氷を置いたり、冷水を頭から脚まで掛けたりした。また、数十人が順番に彼女を殴打した。悪人達は、彼女を殴打しながら、人間性を失った口には出せない汚い言葉で彼女を叱った。李改珍さんの顔は殴打されて腫れたばかりでなく、口も全部傷だらけになった。また、絶えずに口から血を吐いたのである。

 李改珍さんは、新楽看守所で不法に43日間も監禁された。不法に監禁されている期間中、毎日食べたのは、トウモロコシのお粥1碗、野菜スープ2碗、六個の腐った饅頭であった。2000年3月、悪党人員は、食事代として1000元以上も脅迫して取った後、彼女を石家庄労働教養所第四大隊へ不法に拉致し、不法に懲役3年と言う判決を下した。地元の派出所、居委会、勤め先(軸承設備場)の悪党人員達の絶え間ない日常生活に対する妨げの下で、李改珍さんの夫・王慶林さんは、2001年4月16日にこの世を去った。

 李改珍さんが労働教養所から出た後も、公安局派出所の悪辣な警官は、監視・見張りを続け、常に彼女の家へ不法に侵入して、李改珍さんの日常生活を妨げた。また、煉功を放棄する保証書を書くように逼ったり、家を不法に捜査したりした。これらにより、心身に極度の傷害を受けた李改珍さんは、2005年元旦から脳出血の症状が現れ、2006年4月6日にこの世を去った。

関係箇所の電話番号などは省略(詳細は明慧ネットの中文を参照)
 責任単位および人員:
 石家庄長安公安分局オフィス
 建設大街派出所
 建設大街街道オフィス:周魯青

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2006/4/27/126210.html