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台湾中区で集団の学法交流 執着を取り除き、共に精進しよう(写真)


 文/台湾の大法弟子

 【明慧ネット2006年6月13日】台湾では数週間豪雨が続いたが、6月11日朝の短い晴れ間に、中区の法輪功修煉者6、7百人が雲林県の闘六小学校に集まり、一日学法交流会を開催した。学法と交流を行い、修煉者は皆真剣に自分の修錬状態を自省し不足を探し、同時に、互いに毎日修煉中にしっかりと行う3つの事、即ち、学法する、正念を発する、真相を伝えることに励むことを確認した。

 
雲林県の闘六小学校での1日学法交流会
真剣に法の勉強するシルバー夫婦

雲林現地の修煉者が作成したプログラム通り、朝小さなグループに分かれて学法と交流をし、午後大きいグループで全体の交流を行った。主に『転法輪』『精進要旨』『新経文』を勉強した後、区輔導センターの学習者がカナダの法会で、先生から台湾弟子への特別な講法と、帰ってから交流を多くし、常人の執着と観念を修煉して取り除き、しっかり行うことを期待しているとおっしゃった事に関して交流した。

 
五つの功法を練習する子ども達

台湾は民主的な国家で、誰でも支持政党を自由に選択できる。毎日のニュース、新聞など生活の中で誰もが政治と関わっているが、修煉者は常人の政治に執着し、政治に動かされ、自分の使命を見落としてはいけない。台湾の大法弟子はこのような環境の下で、外部と自分の興味に動かされないでいられるかどうか、あるいは中国共産党の残酷な迫害に直面し、党派や民族を区別することなく、理性的にすべての人々に真相を知らせることができるかどうか。

 数名の修煉者が発表した修練体験談で、政党間派閥についてある学習者はこう語った。自分にはいかなる執着もないと思ってしたが、掘り下げて考えてみると、執着があるだけではなく、深いところに根をはっているのが分かった。そして良く考えてみると、このように外部の変化に影響され、動かされている常人の心で、どうやって人を救うことができるだろうか?ある学習者は自分の口を修め、心を動かされなくなるまで、どれほど多く法を学んで自分の思想を清浄したかについて経緯を発表した。

 侯という修煉者はこう語った。彼は高校時代、国民党に入り、入党宣言の代表になったこともあり、かつて賞を受け功績を残した経歴があった。大学の活動で民進党に対して好感を持ち、大学院で社会主義を研究し始めた。彼が2000年に大法を得て、『転法輪』を読んだが、彼は李先生がおっしゃったように、大法の門には入ったが本当にまだ法を得ているとは言えず、いずれどちらか一つを選択するべきだと心の中ではとっくにわかっていた。彼が学術界での高い名声を放棄する時が、本当に心の中から名、利、情を捨て去ることが出来る過程だった。『共産党の九つの評論』が出された後でも、彼はやはりなかなか直視できなかったが、ある事を機会に彼は『共産党の九つの評論』を読み終えた時、以前に研究した社会主義の観念をようやく本当に放下することができた。彼はこの特別な時期に、自分の執着と観念を放下しなければならないし、大法弟子の担った神聖な使命をしっかりと行うべきであると語った。

 ある大学の教授である修練者は真相を伝える心得を話した。彼は国民党の党員で、2年前に民進党の立法委員に真相を伝えたが、そのときは、本当に難しかったと語った。初めの一人に真相を伝える時は特に困難だった。二人目三人目に伝えに行った時は、そばにいた修練者が正念を発して手伝ってくれ、難しさは激減した。彼が悟ったのは大法弟子は人を救うだけで、人を選ぶ権利がないという事だった。

 修煉者の葉さんは3年前に同じ煉功点の学習者と違う党派を支持していたので、トラブルがあった。カナダから帰国後、彼女はまずこの修練者に向って心から自分の誤りを認めた。そして、この数年間の二人の気まずさは全く無くなった。

 法を得て2年余りの雲林の修煉者は最近の修煉状態、難関を乗り越えることができた体験を話した。病院勤めの彼女は、ある日病院で、健康とダイエットに効果のあるサプリメントが売られていたので、1箱買いもとめた。一つ目の袋のサプリメントを飲んでも異常はなかったが、二つ目を飲むとすぐ吐き下痢をして、全身に力が入らず、10数日間仕事ができなくなった。彼女はやっと修練者は病気にはならないので、サプリメントを飲む必要はないことを思い出した。

 ある女性の修煉者はこう話した。数週間大雨が続き、この数日間、家で煉功したがいい加減になってしまい、法を学ぶ時も大きく邪魔され、ほとんど静かに法を学ぶことができなかった。彼女は邪魔されてはいけないと思い出した瞬間、法を読む時、本の中の一文字一文字を頭の中へ叩き込むようになった。

 交流会が終わった際、学習者は共に師父の『2006年カナダ説法』の中の次の文章で互いに励ましあった。「これは私が当時、皆さんのために残した、広範囲の大法弟子が一緒に切磋琢磨できる唯一の環境です。ですから、必ず法会を確かなものにしなければならず、法会は修煉の向上にとって本当に有益なものになってはじめて、意義があるのです」。皆はお互いに切磋琢磨し合い相手との差を探し、共に精進できるように励ましあった。

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2006/6/13/130333.html
(英語:http://www.clearwisdom.net/emh/articles/2006/6/16/74529.html