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衆生との「間隔」を取り除こう

 【明慧ネット2006年9月3日】法を得る前は無口で、人付き合いが悪く、常人との話はつまらないと思っていました。しかし、たまに人が賑やかにしているのをうらやましく思ったこともありました。この執着心の影響で益々人付き合いが悪くなり、長い間、誰に会っても恥ずかしく思う一方でした。

 法を得てから、これはよくない状態であり、変異した観念の影響だと分かりました。しかし、このままでは真相を伝えることや衆生を救い済度することに、大変影響していると自覚しました。私は法を学ぶことで、だんだんとよくない観念が変わりつつあり、よくない心も取り除かれていくように感じましたが、現実に人と触れ合ったりすると、そんなにうまくはいきませんでした。

 2001年から2002年の間は私の心理状態の最も悪い時で、人見知りがひどくなったため、頻繁にいじめられたり欺かれたりしました。それからは、もっと弱気になりいつもビクビクしていました。一方、真相を伝える上でも大きな影響を与え、正念が無くなり、自分の言うことにあまり自信がもてませんでした。こういう状態が続くと衆生を救い済度することはできないと、内心大きなプレッシャーを抱えていました。

 これはすべて自分の心が生み出した状態だとわかり、たくさん法を勉強する中で、今の自分がそこから抜け出さなければならないと決心しました。こうして学法に精進すると同時に、正念を発する頻度を増やし、ぶつかった問題をすべて大法で量りながら対応していきました。

 師父曰く「相手が常人の中であなたに大変つらい思いをさせたので、相手はひとまず得る側だ、と言えます。しかし、その相手があなたに与えた苦痛が大きければ大きいほど、騒ぎが大きければ大きいほど、あなたの忍耐するところも大きくなり、相手の損なう徳も大きくなって、それらの徳は全部そのままあなたのものになるのです」、「一つは、あなたが生前、その人に対しいて悪いことをしたことがあるかもしれない、ということで、なぜわたしにそんなことをするんだ、とあなた自身、心のバランスを崩しますが、それではあなたは以前、なぜ、あの人に対してあのようなことをしたのでしょうか?」(『転法輪』)

 法理を少しずつ理解するとともに、態度も正していく中、時々刻々自分を煉功者としてみなし、先史時代から自分が誓った衆生を救い済度する大願を叶えたいと思いました。

 ある日、散髪の傍らそこで多くの人々に真相を伝えることができました。彼らに大法の素晴らしさを知ってもらってとてもうれしく、真相を伝えることに対して自信も湧いてきました。引き続き、法への勉強に大変精進し、物事に対して内に向って自らを反省し、正念で身の周りのあらゆる不正因子を取り除き、旧勢力による按排や一切の悪い因子を断ち切り、自分にとって良い修煉環境を創りたいと思います。

 この文章を書き始めたとき、思想業力が現れてきて、「あなたはこれを発表すると、ほかの学習者に笑われるのが恥ずかしくないのか?」と干渉してきました。それに対し「そうではない。私はこれらのよくないものを絶対暴露させ、これらを取り除きます」。

 以上は個人の次元における認識です。 

(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2006/9/3/136966.html
(英語:http://www.clearwisdom.net/emh/articles/2006/9/13/77962.html