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四川新津県の610オフィスは70歳近い李光焔さんを迫害

(明慧日本)2006年4月30日、四川省新津県の政法委、610オフィス、公安大隊の曽隊長、食糧局の羅貴忠副局長などは、法輪功学習者・李光焔さんを強制的に新津蔡湾洗脳クラスまで連行した。彼女を迫害するため、彼女の年齢を69歳から63歳に変えた。それ以前に4月の中旬、新津の五津派出所は李光焔さんを派出所まで連行して、不法に16時間拘禁した。

 法輪功学習者・李光焔さん(69歳女性)は、新津県五津鎮南華宮食料センターの退職した従業員。1999年7.20に中共が法輪功を迫害して以来、彼女は何度も不法に拘禁され、不法に家財を差し押さえられ、減給され、戸籍に入れられず、そして身分証を奪われるなどの迫害を受けた。1999年7.20から、毎週彼女にわずか20元だけの生活費を交付して、2002年から毎週30元だけの生活費を交付し、2003年10月に一ヶ月の給料はすべて差し引かれ、一文も出されなかった。彼女本人の給料帳はずっと仕事先に取り上げられ、甚だしきに至っては、長年の貯金9800元まで奪われてしまった。今なお本人に返していない。

 2006年4月30日、今回彼女の家財を没収した時、中共の者らは何でも没収した。ラジカセ1台、綿入りの服1着、毛糸のセーター2着、ラシャのオーバー1着、毛布と布団各2組、100元の硬貨を没収し、20元だけを残していった。

 洗脳クラスの中で、すべての法輪功学習者は二人の「陪教」を配置され、監視されている。教導課長の殷舜堯は李光焔さんが「陪教」に真相を言っていることを発見して、二人の「陪教」を移動させて、再び二人の「陪教」を配置した。殷舜堯と別の洗脳クラスの王秀芹はいつも喚きたてて「法輪功がある限り徹底的にやる。保証書を書かない限り、入って来たら二度と出させない」。

 5月20日前後、李光焔さんの血圧は240から280まで上がり、洗脳クラスは彼女が6階で死ぬことを恐れて2階に移した。2階の通路一面は鉄門があって、歩道の明かりはずっと点かない。至る所汚く、どこもかしこも薬の瓶で、薬の匂いで吐き気を催し意識が朦朧としてくる。夏には蚊が多くて、人通りも少なく、恐怖に満ちている。「陪教」さえこの場所を恐れている。李さんの血圧は280まで上がり、危篤になった時、いわゆる「陪教」の王秀芹は、さらに李さんに保証書を書くように強いて、「お前は死んでも釈放しない、保証書を書いたら家に戻してやる」と言った。警官の殷舜堯、王秀芹は、外から電話を受ければ、必ず法輪功学習者の前で怒りを発散し、法輪功をののしり、師父をののしっている。

 李光焔さんは、強制的に2階で20数日間も拘禁された。

 ある日の朝、李光焔さんはお粥を食べる時、突然腹痛が起こり、くらくらして、心臓も辛く感じ、そわそわして、全身の力が抜けて動けなくなり、病状は2、3日間続いた。それから、また2度このような病状が現れた。また、一回怪しい匂いに気づいて野菜を捨て、食べていなかった。ある日、彼女は水を飲んでいたコップの中にどんなものかよく分からない、小さな塊があったのに気づいた。ご飯、野菜の中に薬物を入れられた疑いがある。

 2006年6月28日、彼女の血圧は再度240まで上がり、痙攣を伴ったため、洗脳クラスは彼女を家に戻した。当日、新津県政法委書記と食糧局の数人が居合わせた。政法委書記の周ショウ平は「法輪功をやる限り捕まえるのだ」と言った。

 調査によると、洗脳クラス6階、5階はそれぞれ3人の女性法輪功学習者を監禁しており、3階は4人の男性法輪功学習者を拘禁しているという。

 2007年1月12日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2006/12/29/145719.html