米国首都での説法
 

李洪志,二〇〇七年七月二十二日

 

 「七・二〇」という日は私たちにとって特別な意味を持っており、未来の歴史の中で重要な役を演じることになるかもしれません。大法弟子が迫害されてから現在まで、瞬く間に八年間が過ぎました。この過程の中で、大法弟子は多くの困難な道を乗り越え、非常に大変でした。最初、どのように行うべきか、どのようにこの迫害に向き合うかを分からなかったのですが、徐々に分かるようになりました。どのように行うべきかを分かっただけではなく、迫害の厳しさによって、皆さんはますます理性的になり、冷静になりました。

 この迫害に対して、異なる次元、異なる生命にそれぞれ違う認識があります。必ず通らなければならない試練の道だと思っている生命もいれば、全宇宙の旧い要素に触れたからもたらされたことだと思っている生命もいます。また、大法弟子のために道を敷いていると思う生命もいます。低次元にいる生命は、正しいものが現れると、邪なものは必ず破壊の作用を果たすと思っています。異なる次元の生命がどのように認識しているにせよ、私は自らのことをしっかり行い、大法弟子は自らの道をしっかり歩むほかありません。いわゆる様々な試練、各種の魔難の妨害を前に、皆さんはますます成熟してきました。

 この頃、私は多くのことを心配しなくなりました。なぜならば、皆さんは成熟し、どのように行うべきかを分かっており、衆生を救い済度する各仕事の中で皆さんは理性を持って、積極的に多くのことを分担し、しかも非常にしっかり行なっているからです。ですから、私は反迫害が始まった当時のように、心配で事ある毎に心を煩わし、反迫害の中で大法弟子の修煉と衆生を救い済度する道を絶えず修正し、皆さんがその道をしっかり、かつ正しく歩むことができるように、迫害の中でよりはっきりと真相を伝えられるように、あの時期、私がよく様々な短文を発表していたのを、皆さんは目にしました。その目的は絶えず、皆さんの歩む道を正すためです。最近、短文の発表が少なくなりました。それは皆さんが本当に成熟し、どのように行うべきかを本当に分かっているからで、それほど心配する必要もなくなりました。現在、皆さんは他でもなく、更にしっかりと行い、効率よく行い、より広い範囲に影響を与え、更に多くの人を救うことができるようにすべきです。

 皆さん個人が最後の圓満成就に向かう道のりの中で経験すべきこと、切り開くべきことのほかに、皆さんにとって最も主要なこと、つまり現在の最大のことは人を救うことです。このことがなければ、皆さんに教えますが、皆さんの修煉は随分前にもう終わったのです。大法弟子として、修煉の中で皆さんは行なうべきことを行ないましたが、法を正す中でいくらかの変化が生じました。例えば、人類社会の人間は、神が当初人間を造ったときの生命ではなくなり、人間の生命は神によって取って代わられたのです。表面から見れば、まだ人間ですが、実質上、すでに異なる空間、異なる次元からやってきた生命になりました。ですから、現在の人類社会の人間は、その智慧といい、その能力といい、すべて歴史上の如何なる時期の人類よりも高いのです。このような変化に直面し、これは今までなかったことです。以前の按排では、大法弟子の修煉以外に、一部の人を未来の人間の種として残し、この過程の中では大淘汰があります。多くの預言に言及されたことは今までの歴史の中で全部起きましたが、私が法を正し始めてから、この段階の歴史だけに変化が生じました。その中にこの方面の原因もあります。これらのことはすべて変化しました。

 それでは、皆さんはこれらの生命を前に、どのようにすべきでしょうか? 師父の立場から言えば、これらの人が済度されるべきだと私に分かっています。これらの生命は済度するに値します。宇宙では三界を除いて、厖大な天体はすべて神です。もちろん、更に高い次元の天体から見下ろすと、下の異なる次元にいる神は彼らにとって、神が人間を見ているのと同じです。以前の旧い穹体の中で、成住壊滅は絶対的であり、宇宙の規律は人類が思っているようなものではなく、それは非情なものです。この規律は神が人間を済度するときに説いた慈悲も超えており、これはほかでもなく、規律なのです。三界に下りてきた生命の中に異なる次元の神がいますが、彼らは大法と法を正すことに対して揺るぎない信念を抱いて人類社会にやってきたのです。彼らはここに来て法を得ようと思い、同時に大法が広く伝わる時期に手助けしようと思っていたのです。ですから、これらの生命にとって、その次元の高低はさておいて、彼らの揺るぎない正念は極めて貴重です。なぜならば、神の境地から見れば、人間、人類社会は極まりなく恐ろしいところで、特に彼らには人類の最も良くない時期の様子が見えるので、それでも下りて来る勇気があるのは、彼らが大法に対する揺るぎない信念を持っており、法を正すことが必ず成功し、法が必ず彼らを済度することができ、大法が必ず成功し(熱烈な拍手)、法を正すことが必ず成功すると信じているからです。ですから、彼らは大胆にも人類社会にやってきました。ここで言っているのは大法弟子のことではなく、異なる時期に法を得た学習者のことでもなく、現在人類の全体的な状態のことです。人類社会の多くの生命、多くの事情には変化が生じました。このような生命を前に、私たちは行なうべきであり、救うべきです。

 どのような生命が法を正す時期、この歴史の肝心な時刻に比較的貴重な生命なのでしょうか? 大法に対して自信を持ち、実践の中でこのように行なっている生命は貴重なのです。ですから、私の立場からにせよ、大法弟子の責任からにせよ、私たちにはこの責任があり、このことを行うべきだと私は思います。ですから、大法弟子は世の人々と衆生を救うべきです。皆さんは常人社会で人を救うために多くのプロジェクトを立ち上げ、常人社会の活動に似たような活動を多く行いました。見た目では常人のことのように見えますが、出発点と目的は違います。メデイアにしても、インターネットにしても、常人社会の様々な方法を利用して行われているこの全ては、いずれも人を救うためです。皆さんが何を行なっても、その目的はすべて世の人々のためです。見た目では、援助を求めていますが、実は彼らを救っています。財的、人的と物的など各方面の援助を求めることや、各国政府に真相を伝えること、社会の民間団体と接触すること、または社会のほかの各方面との交流も含めて、いずれも法輪功のためではなく、皆さんの個人の修煉のためでもありません。皆さんの修煉はこれらのことと関係ありません。この全ては人を救うためです。皆さんが人と接触しているとき、つまり人を救っているのです。真相を伝えることによって支持してくれる人に真相を分からせることは人を救うことであり、真相を分かった後に働いた正しい作用も人を救うためです。つまり、常人に理解してもらった後、ある程度の支持をくれたら、この支持による影響もさらに人を救っています。ひいては、事を行う中、それらのことが成功してもしなくても、いずれも人を救っており、真相を伝えているのです。これは即ち、大法弟子が行なっていることです。これらのことを行なう必要がなければ、大法弟子の修煉はすでに終わったのです。ですから、現在皆さんが行なっていることはいずれも衆生のためです。

 前回の説法で、大法弟子個人の圓満成就はすでに問題ではないとお話ししましたが、当時多くの人は理解できなかったかもしれません。実はこの意味です。もちろん、この過程で大法弟子が最後に歩む道は延長されたようです。これによって個人の向上が遅くなったように感じますが、実際に皆さんに影響を与えることはありません。このこと自体は更に大きな威徳を樹立するためであり、素晴らしいことです。なぜならば、このことは完全に衆生のためであり、個人の利益のためではなく、個人の修煉だけのためではないからです。

 皆さんがこれらのことを行なう過程で、満足にいかない様々なことが現れるはずであり、これを理解できない人、時には理解できない学習者さえいます。なぜならば、どんな時でも精進する学習者もいれば、精進しない学習者もいて、新しく入ってきた学習者と異なる環境にいる学習者がいるので、問題に対する認識と見方は異なっています。特に中国大陸から出てきた一部の学習者は長期にわたって、抑圧の下で、党文化の中で、党文化によって変異された人間関係の中で、歪んだ考えが形成されました。大陸の学習者は、学習者だけではなく、常人も同じですが、国際社会に来てから、正常な社会の人間の考え、人間の行動が中国大陸の人とまったく違うと気付きます。ひいては党文化の中の生活様式、緊張する人間関係に慣れていたため、国際社会に来てから、外国人は愚かものだと思ってしまい、一方、外国人は彼らの生活習慣、習性、人間関係を理解することができません。実は国際社会の状態こそ、正常な人間関係です。人と人との関係にあまり多く頭を使う必要はなく、この面においてそれほどずる賢くなる必要もありません。これが正常な人類です。

 実は、あなたがいくら聡明で、ずる賢くても、結果は同じです。たとえば、とても不器用な人がいて、あなたはこの人が非常に愚かで、非常に単純だと思い、一方非常にずる賢い人がいるとします。結局、人生の道をどのように歩んでも結果は同じです。決してその人がずる賢いから、なんらかの変化が生じることもなければ、その人が単純だから、変化が起きることもありません。ずる賢くなれば、自分を悪くするのみです。業を造る中で下へ落ちてしまい、自分と周囲の環境が緊張した関係になれば、自分の心が更に複雑になります。複雑になった考えは自分をさらに悪くするのみです。

 ここまで話したので、このことについてもう少しお話します。最近、中国大陸から相次ぎ海外に来た学習者は、できるだけ大陸以外の学習者と交流し、心を開いて、自分のことをはっきり打ち明けてください。国際社会での人間の生活様式こそ、人間の正常な生活様式です。少なくともこの時期の人間の生活様式なのです。もちろん、現代科学技術のなかった古代の人々と比べれば、それはまったく違っています。そのときはもっと良かったのです。現在に限って、今のこの社会状態から言えば、比較的正常だと言うべきです。ですから、この面において海外の学習者と多く交流して意思の疎通を図り、いつも中国大陸の党文化的な考えをもってこの社会を見てはいけません。以前中国大陸から出てきた多くの人も海外に長くいたので、徐々に考え方を改めたのです。大法弟子として、あなたは法を実証し、大法弟子として行うべきことを行わなければならないので、長い時間をかけて自分を改めることは許されず、その時間はありません。特に国内で行いが良くなくて、間違いを起こした学習者ですが、法を正すことがまだ終わっておらず、早く追いついてきてください。もちろん、新しい学習者にとって、私が思うには、これは大きな問題ではありません。法を多く勉強し、できるだけついてきて、法を正す形勢についてきてください。

 もちろん、皆さんは困難の中でこれほど長い時間歩んできており、大法弟子は人類社会で確かに多くの人を救い、当初一九九九年「七・二〇」が始まったときに中共のマスコミが全世界で散布した毒素の影響を間違いなく取り除きました。当時、全世界の全てのマスコミは中国大陸の邪党の宣伝機関の宣伝を転載し、邪党の代わりに迫害するための宣伝をしているのと同じです。このことについて西洋社会の人々ははっきりと認識しておらず、この邪党がこれほど悪いとは想像できず、邪党に対しても明確な認識もありませんでした。しかし、これほど大きな、全世界的な虚言を散布する宣伝機関による誹謗中傷を前に、圧力は確かに非常に強かったのです。しかし、大法弟子、特に古い学習者は打ちのめされませんでした。しかも、国際社会にいる大法弟子も同様に素晴らしかったのです。最初、皆さんはどのように行うべきかを知らないだけで、時間が経つにつれて、徐々に冷静になり、理性的になり、どのように対処するのかを分かるようになりました。その間、多くの人は「法輪功はいったい、邪党に宣伝されているようなものなのか? 私が学んでいるこの功はいったい、正しいのかどうか?」と考えました。もちろん、これほどの邪悪な誹謗中傷を前に多くの生命は確かにしばらく考えました。いずれにせよ、大法弟子は最終的に非常に良く行い、絶対多数の人が乗り越えてきました。しかも、法を正す洪大な勢いと力を合わせ、全体の形勢を挽回しました。これによって、邪党に制御されている宣伝機関は国際社会で私たちを誹謗中傷する勇気がなくなり、虚言を作る勇気がなくなりました。なぜならば、邪党は、大法弟子にはそれらの虚言を暴露する能力があると分かったからです。邪党がいったん、また何かの虚言を作り、何かの悪いことをすると、大法弟子はすぐに全世界でそれを暴露して事実を明らかにすることにより、全世界の人々に邪悪をはっきりと認識させ、同時にもっと多くの人にそれを知ってもらうことになります。ですから、邪党の誹謗中傷にしても、仕出かした悪事にしても、全世界にその邪悪さを披露しているに等しいのです。同時に、私たちのために法輪功を宣伝し、法輪功の世界の人々に対する影響力を拡大しています。邪党は何を行なっても、全て私たちのために宣伝をしているのです。

 実は旧勢力がどのように行なっても、宇宙の中の相生相克の関係で定められたように、どのように行なっても、大法弟子のために広告することになります。例えば、大法弟子が行なった多くのプロジェクトですが、邪悪が妨害すると、正の力、善の力もやってきます。悪い人が行なったすべてのことはみな同じです。私たちを誹謗中傷し、悪事を行い、妨害をするとき、即ち私たちの影響を広めているのです。

 この数年来、私たちの多くのことは邪党の宣伝によってよく知られるようになりました。大法弟子が運営しているウェブサイトや、テレビ局、大紀元の新聞など多くのプロジェクトはこのことを経験しました。特に去年のGALA(新唐人テレビ局主催の全世界華人新年祝賀祭と巡回公演)の公演はもともと、知っている人が少なかったのですが、邪党はあちこちに宣伝し、公演を観賞しないように働きかけて、大法弟子よりも綿密にやっていて(皆笑って)、私たちよりも多くの人に知らせました(皆笑って、拍手)。オーストラリアの首都キャンベラでの公演は比較的典型的な例です。邪党は全ての議員に電話をかけ、手紙を出して、公演を見に行かないように仕向けたのです。邪党は全世界の人々が中共の悪行を知らないと思い、自分たちの言うことを聞いてくれると思い込んでいます。その宣伝の広さ、影響の強さは当時の大法弟子には出来なかったのです。結局、全ての議員が出席しました。(皆笑って、熱烈な拍手) 議員たちは、公演の前に議会を開くことができるとユーモアたっぷりに話していました。(皆笑って、拍手)。カナダのオタワにもこのようなドラマチックな一幕がありました。

 もちろん、私が話したこれらのことを、実はほかの角度から見れば、旧宇宙の歴史が今日まで続き、ここまで至り、衆生と人類が現在まで存続できたのは、救われることを待っていることを皆さんに教えているのです。言い換えれば、大法弟子の威徳を樹立するため、同時に大法弟子の衆生を救う能力を皆に見せるのです。それならば、この舞台は大法弟子のために残されたのではありませんか? (熱烈な拍手) きっとそうです。ですから、いかなる悪人が悪事を行なっても、妨害活動を働いても、結局すべては人を救う大法弟子に手伝う作用を働くに違いありません。(拍手) それは彼らの本意ではなく、悪人がそうしたいのではありませんが、悪人が何かすれば、必ずこのような作用になります。これは避けられないことです。

 つまり、人類の現実の状況がどうであるかを見る必要はなく、邪悪がどれほどはびこっているのかを見る必要もありません。この世界に来ている人はすべて、皆さんによって救われるのを待っています! (拍手) 現れた全ての良くないことはいずれも、大法弟子の威徳を増すための試練です。(拍手) 私がこのように話せば、皆さんの考えは更に明晰になります。皆さんがぶつかったいかなる具体的な困難も、見た目では常人の形式と同じであり、常人の困難とあまり変わりありません。実は皆さんが冷静に考えて、自分が歩んできた道を振り返ってみれば、全てはこの状況ではありませんか? そうです。 なぜならば、私が行なっていることに私なりの按排があり、全人類に法輪功を学ばせようとしているのではなく、私は二つの段階に分けて、このことを行なっているからです。法を正す時期があって、この時期に法を正す時期の大法弟子がいます。この時期が過ぎると、法がこの世を正す時期になります。二つの段階に分けています。将来、法がこの世を正す時期になると、その時期の大法弟子もいますが、法を正す時期の大法弟子の威徳とは違います。この二つの段階に分けています。

 ですから、この過程で、法を正す時期に、大法弟子は将来の衆生が救われることに対して責任があります。もし、高い次元からの生命がこの世に下りて法を得るということがなければ、大法弟子はこれらのことを行う必要はありません。しかし、高次元からの生命によって取って代わられたため、このことの重要性、人を救うことの重要性が現れました。もしこの状況ではなく、いままでのような正常な人類社会であれば、同様に二つの段階に分けて進んでいくのです。なぜでしょうか? 人類が大淘汰される中に、一部の良い人が未来の人間の種として残され、同時に、法がこの世を正す時期に大法のために、人類が大法に恩返しするという栄光の時期を切り開く必要があります。つまり、大法の人類社会での全盛期が現れるということです。これは歴史の中で必ず現れることです。人類は恩を知らなければなりません。法を正すことを最終的にここで成し遂げることは、人類にとって福でもあります。

 人間の肉体は、もし元神がなければ、何ものでもありませんが、この肉体は多くの信息を持っています。新たに造ったものは、決してこのようになれません。新しく造られた人間は真っ白な紙のように、この世界を前に、頭はまったくの空白です。自然界に対して、完全な人間の考えと理念はなく、人間の物質世界に対する異なる行動様式を認識する概念もなく、さらに今期の人類に形成された様々な理論と人間の規範もありません。今期の中国人に「仁、義、礼、智、信」があり、西洋にも人間としての基準もあります。これらの多くのものを、新しく造られた人間は理解することができません。人類は長い社会と歴史を経験してから、はじめて自分を豊かにしました。先ほどお話ししましたが、これは元神のことではなく、人間の肉体に持っている信息のことです。特に現在の人間は何かのことにぶつかっても、非常に極端にはなりません。良くないことに遭っても、大きく驚いたりもしませんし、良いことにあっても、必要以上に喜んだりもしません。考えに内涵のない人はこのようになります。長い歳月を経て、人間はすでにますます落ち着くようになりました。これはただ人間の考えだけのことではなく、人間の肉体とも直接関係しています。ですから、人間の肉体にとって、歴史の今日まで歩んだ以上、良くないものを全てきれいに洗い落とし、取り除くことが出来れば、残ったきれいな人体は本当に傑作であり、本当に大切にすべきもので、宇宙の歴史に造成された傑作です(拍手)。

 つまり、宇宙の中で、天体の長い発展の過程の中で、確かに多くのとても良い生命、貴重な各種の要素が造成されました。新たに造るとき、このようにはなりません。これがなぜ法を正さなければならないかの重要な要因の一つです。もしこの宇宙に何も無くなり、全ては最初から始まるのであれば、その発展の過程の中でどのように行なっても、同じ歴史を歩んでも現在のこの生命と絶対違います。同じになることはありえません。ですから、全宇宙の神々も歩んできた歴史はあまりにも貴重だと思っています。

 私はくり返し話したことがありますが、つまり、最後の結果がどうであるのかを重く見ておらず、法を正す中でやり遂げられるのは必然的なことです。法を正す中でいくら恐ろしいことがあっても、結果は必然的なことです。ですから、私はその結果をあまり重く見ておらず、それは必ず成し遂げることができるからです。私が最も大切にしているのはその過程です。生命の全ての過程こそこの生命の全体です。法を正す全過程が最も貴重で、これは即ち宇宙の全てであり、最も素晴らしいことです。そのため、法を正すこの過程は非常に重要なことであり、旧勢力が思うままに参与することは許されません。特に、法を正すことに関して、私はなぜこれほど自分が歩みたい道を堅持しているのでしょうか? それは未来を切り開いているからです。私が宇宙の中で行なった全ては最も大切にすべきもので、それは将来、私が是認し、承認するものになります。私が要らないものを認めてはならず、是認してはいけません。それは恥なのです。ですから、法を正す中で、どのような魔難に遭っても、どのような衝撃に遭っても、私の意志を変えることはできず、私が行おうとすることを変えることはできません。(熱烈な拍手)

 前回の法会から現在まで、また半年経とうとしています。この半年の中で、皆さんは非常に良く行ないました。形勢は速やかに進展しています。邪悪の生命がますます少なくなったとき、世の人々の考えが変わり、社会も衆生も変わっています。私が言っている衆生は実は、人類だけではありません。全ての物体、現代科学が有機だと思っている物体も、無機だと思っている物体も、実は全て生命があるのです。全ては生命なのです。私たちが言っている「衆生」は実は、全ての生命を指しています。衆生の変化は法を正す進展の中の大法弟子の成果を反映しています。法を正す全期間での大法弟子の現れも、充分に法を正す時期の大法弟子の栄光を証明しました。素晴らしいです。これから行うべきことをより良く行い、最後の道をしっかり歩み、行うべきことを更に良く行うべきです。何かを行なったからと思って満足してはいけません。まだ多くの衆生が救い済度されていません。皆さんはまだ限られている時間の中で、もっと大きな威徳を樹立し、最後のときこのことのために後悔しないようにすべきです。ですから、皆さんが更に良く行い、更に素晴らしくなるように期待しています。

 もちろん、修煉の中で皆さんにまだ多くの不足があります。私も多くのとても際立っている不足に気づいています。私は今まで話しませんでしたが、今も話したくはありません。なぜならば、あの欠点は非常に大きいのですが、法を正す中で妨害を防ぐ役割を果たしたものもあると私に分かっています。ここまでお話ししましたが、皆さんは推測しないでください。あなたの欠点をそのまま保留しても良いと思わないでください(師父が笑って)。私はいくらかの問題に気づいただけです。最後の時、私は皆さんのためにこれらのことを解決してあげます。

 いずれにせよ、皆さんは最後のことを更に良く行うべきであり、更に大きな威徳を樹立すべきです。これは私のためでもなければ、法を正すためでもなく、皆さん自身のためなのです。(熱烈な拍手) 未来の衆生は皆さんに感謝するのです。(拍手) 皆さんの生命を未来の宇宙の中で更に輝かせてください。(長時間の熱烈な拍手)

 

 
(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2007/7/27/159738.html)