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李恩英さんが石家荘労働教養所で死亡、公安局は隠蔽を図る

(明慧日本)河北省唐海県の法輪功学習者・李恩英さんは、2007年1月19日、唐山市公安局によって強制連行され、石家荘市労働収容所に監禁された。石家荘市労働収容所は、李さんに対して6ヵ月間にも亘って迫害し続けた。李さんが危篤状態に陥った後、労働教養所側はやっと保釈を認めた。保釈されて13日後に、李さんは死亡した。

生前の李恩英さん

 7月17日に、李さんの息子は知らせを受け、石家荘労働教養所に父親を迎えに行った。保釈の手続きをする際、保釈の理由欄に胸膜炎、胸水などと書かれているのを見て、カルテの提示を求めたが、拒否された。

 李恩英さんが、保釈されてから死亡するまでの十三日間は、毎日苦痛の中で過ごしていた。横になって寝ることも出来ないほどの苦痛で、体はひどく衰弱し、大量の汗をかき、時々、意識が朦朧となり、話しかけても反応がなかったという。

遺体に残った拷問の痕

 李さんの遺体のうなじや、背中には大面積のうっ血があり、しかも色が黒く変色している。耳、指先、頬も黒い色を呈している。火葬の後、遺骨の表面は真っ白だったが、中は真っ黒だったという。周辺住民と斎場のスタッフは中毒死の症状に似ていると言っている。

 李さんの妻は、公安局に、李さんの死亡についての調査を行うように要求した。更に損害賠償の支払いのほか、理由もなく没収されたお金と、罰金の返済も求めた。しかし、公安局は修煉しないという趣旨の誓約書を書くようにと要求した。家族はこの要求を断った。

 仕方がなく、遺族らは遺体を公安局の前まで運び、解決を迫ることを計画した。公安局は事が大きくなるのを恐れ、返済を認めた。しかし返済の際、遺族らに2通の誓約書に署名を求めた。1通は返済を受けたことを言わないという内容で、もう1つは遺体を直ちに火葬しても良いという事を保証するという内容である。

 李恩英さんは、このようにして、これまで学習者を最も多く迫害し死亡させた、河北省:石家荘労働教養所で死亡したのである。

 2007年8月14日

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2007/8/12/160664.html