■日本明慧 http://jp.minghui.org/2007/08/20/mh204251.html 



欧学元老人が生前ハルピン長林子労働教養所で受けた迫害

(明慧日本)黒龍江省ハルピン市の法輪功学習者・欧学元さんはハルピン市の60歳位の老人で、かつて真相を伝えたことによって2回ほど邪悪に逮捕され、労働教養を受けた。悪名高い長林子労働教養所で非人道的苦難をなめ尽くした。欧さんは長期の迫害によって肉体と精神に巨大な損傷を受けた。2005年末、彼は長林子労働教養所から出た時、身体がすでに重く損傷し、とうとう2006年10月に苦しみながら世を去った。

欧学元さん

 欧さんはハルピン市化学工業二支工場の職員で、「真、善、忍」をしっかり信仰し、2000年11月、北京へ真相を伝え、法を正しに行った理由で、2001年4月、邪悪により労働教養を1年受けた。欧さんは初めて長林子労働教養所に拘留された時、迫害に反対し抗議したため、邪悪な警官に報復され、連日に亘って「背に手錠を掛ける」拷問を受けた。このような年輩の老人に対して暴力をふるう悪徳警官は倫理道徳のかけらもない。当時、同時に迫害を受けた法輪功学習者の記憶によると、当時彼らは直立で鉄のベッドに枷をはめ、毎日24時間寝かせず、腰曲げの運動もできず、異常に苦しんだ。初めて労働教養所から脱出し、帰った時すでに体中瘡まみれで、血と膿が流れ九死に一生を得た。

 欧さんは2003年に再び労働教養を受け、長林子労働教養所で4年ほど残酷な迫害を受けたが、しっかり法を信じ、決して邪悪に妥協しなかった。趙爽などのチンピラ悪警に電気棒、拳脚、鉄椅子等多種の拷問を受け、長時間のオーバーワークの労働等、精神や肉体的に極まりない痛めつけをうけた。

 長林子労働教養所五大隊において、欧さんはさらに厳重な迫害を受けた。彼に「三書」を書かせる為、或いは反迫害の正義の挙動を止めさせる為、当時の大隊長の悪徳警察・趙爽は温厚かつ善良な老人に対して大立ち回りをした。びんたを喰らわせ、殴ったり蹴ったり、電気棒で感電させ、「押す、へし折る、折り曲げる」(非常に人を苦しめる一種の迫害手段)等の拷問は「日常茶飯事」になった。

 しかし、欧さんは相変わらずこの邪悪の下で、反迫害、法を正す行動に参加し、例えばグランドで煉功をし、「法輪大法は素晴らしい」と高く叫んだ。

 悪徳警察の趙爽は彼を精神的に踏み躙り、さらに手管を弄し、あら捜しをした。趙は数回公に欧さんの家族を辱め、自分がもう少しで欧学元さんの妻の妹を娶るところだと言った。彼と「連橋」(方言では実の姉妹の夫間の称呼)の関係で、その後下品極まりない口調でこの関係をからかった。悪徳警察・趙爽は新しい電気棒を買い、仕事場で法輪功学習者を脅し、何度も欧さんを挑発し、彼に「不服」かどうかを聞き、年齢を問わず、6、70歳で、高血圧や心臓病を持つ人も同じように感電させた。衛生防疫部門が生殖器を検査する機会を借り、汚い言葉で欧さんおよび家族を辱めた。

 欧さんが「労働教養解除」の日、趙爽は欧さんの家族が彼に対して失礼だとの理由つけで憚ることなくののしり散らし、かつ受刑者に欧さんの場所を空け再び入れさせると言った。欧さんの住所と戸籍の所在する派出所はなすり合って「受け入れ」なかった。労働教養所も「派出所の受け入れがなければ解放できない」との理由で拘留を続け、理由なく数日間オーバーして拘留した。その間、趙爽は罵詈を浴びせ、ご飯の時も背を向けさせ、仕事場で彼を続けて働かせ、「この門さえ出なければ働かなければならない」と言った。

 欧さんは長林子労働教養所で心身ともに迫害により損傷を受け、労働教養所を出て、家に帰った時は全身傷だらけで、体は極めて衰弱していた。拷問の損傷によって、内臓が重く破壊された挙句、2006年10月17日、冤罪が晴れないままに世を去った。

 これは長林子労働教養所の甚だしく大きな犯行のあらたな一つの血涙の証明で、欧さんに対する迫害および冤罪が晴れないままになくなった更に詳しい情報に関しては、事情が詳しい方に補充をお願いします。

 2007年8月20日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2007/5/31/155940.html

明慧ネット:jp.minghui.org