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湖北省黄梅県:法輪功学習者・楊成松さんは再び不法に連行された

(明慧日本)2007年7月24日午後、湖北省黄梅県分路鎮派出所の洪保華、蔡余記など10人以上の悪らつな警官が、法輪功学習者・楊成松(楊盛松)さんの家に不法に侵入し、大量の書類や資料を奪い、楊さんを不法に連行し、その後、黄梅県留置場に監禁した。

 話によると、楊成松さんは、分路鎮の套口養老院の法輪功の真相が分かっていない陳金奎、銀花夫婦により警察に通報されたそうである。24日の昼ごろ、養老院の責任者・余国喜は楊さんの家に行き嫌がらせや脅迫をし、午後、楊さんは悪党警官により不法に連行された。 

 黄梅県分路鎮の教師・楊さんは人柄が良く、誠実な人として認められていた。仕事に責任感があり、学生を大事にし、護り、公正に学生を教えたので、それぞれの道を行く人々の印象が非常に良かったのである。法輪大法を修煉することによって、楊さんの心は浄化され、道徳心も向上した。

 悪人たちは楊さんを6年以上も迫害した後、不法な労働教養の判決を下した。悪人達は、2002年にいわゆる「公判大会」を開き、法輪功学習者・楊さんと王林峰さんに対して、殺人犯や略奪犯などの刑事犯人と同じように両脚を縛り、首には麻の縄を縛りつけた。その後、悪党警官は1人1人の後ろで、いつでも縄で彼らをコントロールし、声さえ出せないようにした。以前、楊さんと王さんは、法廷で法輪大法は人々を善に向かわせ、人々の心身を浄化し、社会に対して「百利があって一害もない」と、正義をふまえ言葉厳しく話した。また、中共悪党が白黒を転倒し、是非を混同し、虚言を作り、人々を騙したかを暴いた。

 楊成松さんは、1997年に法輪大法の修煉を始めた。元々、彼は肺結核、胃潰瘍、神経衰弱、心臓病、鼻炎、腰痛などの様々な病気で、非常に苦しんでいた。法輪大法を修煉してから、心身が浄化され、身体がどんどん健康になり、活力に満ち溢れていた。また、怒りっぽい性格も改善された。楊さんは、法輪大法のこの上ない素晴らしさを知った時点で、人々の苦痛を取り除き、道徳心を向上させるため、友達、親戚、学生に大法を積極的に広め、大勢の人々が法輪大法の修煉の中で心身共に恩恵を受けられるようにした。

 1999年7月20日、法輪功が不法に迫害されてから、楊さんは北京へ陳情に行き、法を実証した。そこで、不法に監禁、逮捕、労働教養など迫害を受けた。2001年9月、楊さんは悪人たちに様々な迫害を8カ月間受けた後、不法に懲役4年の判決を下され、武漢琴断口監獄に送られた。監獄の悪党警官は、楊さんを強迫していわゆる「ざんげ書」を書かせ、法輪功をののしるように強要した。また、日夜、悪人達を唆し続けて、楊さんを殴打し、様々な拷問を加え、拳で殴り、脚で蹴るように命令した。悪人達は鉄尺や竹棒で殴り、また、数人が取り囲んで、頭や顔を殴りつけた。そこで、楊さんは胸を殴られて変形した。

 監獄の悪人達は、法輪功学習者を強迫して、長時間の訓練を行った。また、長時間立たせる罰を与えたり、強い日の下で太陽にさらしたり、壁に貼り付けたりした(顔を壁に向けて立たせた後、両手を背中に置き、三歩後退させ、頭が壁にくっついた後、体を45度ぐらい下げさせた)。法輪功を中傷するビデオを見るように強迫したり、日夜、絶えず監獄の規制を暗唱したり写すように強要したり、毎日18時間も労働するように強迫した。作業中、食事の時間は3分間で、暑い夏にも洗面、歯磨き、入浴を許可しなかった。また、不明の薬物を強制的に飲ませたり注射したりした。

 楊成松さんが監獄から出た後も、悪人達は絶えず監視し、人身の自由を制限している。

 2007年8月28日

(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2007/8/24/161439.html