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天津商業大学:学生が授業を受ける権利を理不尽に剥奪

(明慧日本)天津商業大学の学生・馮コンさんは2007年10月27日、大港区上古林付近で法輪功の真相を知らない人に告発され、強制連行された。その後、多くの善良な人々により救出され、11月2日に再び自由の身になった。しかし、馮コンさんが学校へ帰り、授業に出ようとしたところ、学校側に理不尽に阻止された。学校側は「学校から除名する」と馮コンさんを脅し、馮さんに自ら退学するよう要求した。

 馮コンさんと彼の家族は、みな信仰の自由は憲法により保障された公民の権利であり、学校側の馮コンさんに対する迫害は法律に違反している、と思っていた。そして、馮コンさんは11月4日に学校に戻り授業に出た。しかし、何回も趙帥(天津商業大学物流管理学部一年生の党委員会書記)と学生会弁公室の楊某、および学校610弁公室の担当者に止められた。それでも、馮コンさんは依然として原則を堅持し続け、毎日学校で勉強した。同時に学校の関連担当者に真相を説明した。しかし、学校側は依然として独断で、理不尽に馮コンさんの入学資格を取り消した。

 天津商業大学の趙帥と学生会弁公室の楊某など3人は2007年11月21日、天津石化会社に勤めている馮コンさんの母親の勤務先を訪れ、自ら馮コンさんの母親に、馮コンさんの入学資格についての告知だといいながら、一通の通知を手渡した。そして馮コンさんの保護者に11月23日の午前9時まで学校に行き処分を待つよう要求した。しかし、日が変わると、学校側はまた考えを変えて、馮コンさんの母親に学校に来ないように伝え、彼らが自ら大港に行くと言った。

 馮コンさんは2007年11月23日の午前、授業が終わった後、補佐教師の秦某に呼ばれて彼のオフィスに行った。秦某は馮コンさんにオフィスを離れないように伝えた。午後1時になると、趙帥、楊某と武装警察2人を含めた十数人が訪れた。彼らは馮コンさんにいかなる説明もせず、馮コンさんを連行して車に乗せ、大港の馮コンさんの自宅へ向かった。

 その前に、学校側はすでに天津石化会社運送販売部の党委員会オフィス主任の李耀凱を通して、馮コンさんの母親に午後出社しないで、自宅で学校の人が着くのを待つように通知した。馮コンさんの母親はそれらに協力せず、何時ものように出社した。また学校側の人と会うことをきっぱりと拒否した。退社後、正々堂々と自宅に帰った。これらの人はそれでもあきらめず、馮コンさんの自宅付近で、馮コンさんの母親を待ち伏せしようしたが、失敗してしまった。最後に四化里住民委員会で、馮コンさんにいわゆる「天津商業大学学生入学資格を取り消し決定送達書」を読み上げた。いわく「馮コン入学資格の取消決定について」に基づき、馮コンさんの天津商業大学入学資格を取り消すと言った。学生会弁公室は馮コンさんにこの送達書を読み上げた後、サインを求めたが、馮コンさんに拒否された。最後にはかれらは馮コンさんを家の入口に置き去り、離れて行った。注意すべきは彼らが馮コンさんに「馮コン入学資格の取消決定について」を読み上げなかったということである。また馮コンさんに呈示もしなかった。しかし送達書の最後には「馮コン入学資格の取消決定について」はすでに面と向かって読み上げたと明記していた。まったく口から出任せを言っているのだ。

 この事件の全過程を振りかえってみると、道理をわきまえない天津商業大学の関連担当者は、真相を聞かず、頑迷に悟らず、中共の後について大法弟子を迫害した。善悪には報いがある。もし目が覚めなければ、きっと自分の未来を失ってしまうだろう。

 2007年11月29日

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2007/11/27/167308.html