知識の壁を突き破り、修煉の道へ
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明慧日本)私は医師として、臨床医療の仕事に従事してすでに20年余りになる。総合大学で西洋医学を5年、漢方医学を5年学び、小児科、内科、老年科などの広範な仕事の中で中・西洋医(学)の理論の知識と各種の技能を用いて多くの患者のために各種の疾病を診療していた。実践の中で、新しい病を治療する方法が現れているが、医学がいくら進歩しても、なお様々な病気がある。例えば、動脈硬化、糖尿病、各種の癌などはやはり完治できない。その上、奇怪で新たな疾病、たとえば、エイズ、狂牛病などが絶えず現れている。私は医師として、一日中患者と付き合って彼らの苦痛を深く感じても、どうすることもできない。私はなぜ、疾病がこんなに多いのか、どのような方法で根本的に問題が解決できるのかと、たえず思索していた。

 私は医師であるが、病気になることは避けられない。私は20歳から、緑内障、頸椎症に罹った。この2つの病気の末路はよく知っている。それはいつ両眼とも失明するかわからず、全身、あるいは半身不随になるかもしれないのだ。20数年来、私は多くの資料を調べて根治の方法とその病因を探求し、自ら各種の治療法も試みたが、みな根本的に問題を解決することができず、長期に薬物あるいは物理療法で病状を緩和するほかないのである。年齢とともに私にはまた絶えずいくつかの新しい疾病が増えた。例えば薄着をすると下痢をする、さもなければ風邪を引き、咳が出て、関節が痛い。だから、いつも薬から離れられなかった。これらの疾病の苦難から抜け出すにはどのような方法があるのか。まさかこのまま年を取って、病気に罹って死ぬほかなく、どうすることもできないまま一生を過ごすしかないのか、不安だった。

 1995年5月、1人の同業者が私に1冊の本、『転法輪』をプレゼントしてくれた。当日の夜、私は読んでいると、本の中の学識が広く、深い論述に魅せられた。しかし、私は医学の枠から跳び出して角度を変えて疾病の診療を探求しようとは思わなかった。一度も知識の枠を越えて、再び人類と宇宙を考え直そうと思ったことはなかったが、私は本を得て至宝を手に入れたように手放せなくなり、一気に六講まで読み終えた。5月末に、私はまた真剣に第2回目に半分まで読むと全身寒気がして、腹痛と下痢の反応が現れて、一夜苦しめられたが、薬も飲んでいないのに、翌日の朝は完全に回復して、いかなる後遺症もなく体も楽になった。私はとても不思議に感じた。まだ正式に法輪大法を修煉し始めておらず、ただ本を読むだけで、体の浄化が現れた。大法は本当に非常に不思議だ! 同時に私も、長年来勉強して理解した事や知識のほかに、更に広範で更に奥深い領域を感じた。それはただ修煉することでしか達成できない。私は繰り返し『転法輪』を読み、認識の向上に従って、6月末に、私は正式に法輪大法を修煉する道に入り、5セットの功法を学び、修煉者の基準で自分に求め、性格を改善した。

 修煉するに従って、私の体は絶えず著しい変化がおこり、各種の疾病がなくなった。以前は、頸椎症を患っていたため、毎年寒くなると、外出する時に必ず綿入りの手袋を付けなければならず、さもなければ両手が冷え込むと、夜は上半身の痺れ感と痛みが現れ、一晩中なかなか寝つかれず、非常に苦痛を感じていた。1995年冬になると、零下8、9度の気温の下で、私は外出する時、手袋をはめないようになった。夜に横になっても、何も調子が悪いことはない。昔は、私の体は寒さや暑さに対して非常に敏感で、夏には扇風機が手離せず、温度が少し下がると厚着をしなければならなかった。修煉をしてからは、私にとって夏はもう酷暑ではないと感じ、いくら他人は汗がだらだら流れても、私はあまり汗が出なかった。秋になると、他人がみんなセーターを着ても、私は寒いとは感じなかった。また、以前は私の体は食事に対して比較的敏感で、もし一食でも食事をしなければ、空腹で頭がぼうっとして目がかすみ、全身に力がなくなった。今は、いくら仕事が忙しくて食事をしなくても、十分に仕事ができるようになった。

 1人の50代に近い人が、多種の疾病に罹って危険な状態に陥ったが、法輪大法を修煉したため、上に述べた「異常」な変化が現れた。これは現在の科学知識では説明がつかない。私は自らの修煉を通して、私達の知識には限りがあり、法輪大法こそ本当の科学だと認識するようになった。

 
(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2001/11/30/20658.html)
(English: http://www.clearwisdom.net/emh/articles/2004/12/7/55349.html)     更新日:2011年12月9日
 
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