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遼寧省:朝陽市の法輪功修煉者・於慧娟さんが危篤状態に

(明慧日本)遼寧省朝陽市の法輪功修煉者・於慧娟さんは2008年2月、逮捕されて以来ずっと断食抗議をしていたため、4月4日に朝陽市234病院に運ばれた。嘔吐症状のほかに、肝臓の具合も悪いことが検査で発見され、危篤状態になっているにも拘わらず、病院側は何の応急手当てもしていない。於慧娟さんの家族は応急手当てと於さんの釈放を求めているが、朝陽市公安局・張明華副局長と遼寧省公安庁は互いに責任をなすりあって、於さんの釈放を拒んでいる。 

 於慧娟さんが2008年2月24日に、李亜軒さん、李英軒さん、?秀梅さん、景菲さんと一緒に陳宝鳳さんの車を借りて、馬三家労働教養所で深刻な迫害を受けた法輪功修煉者・高玉苓さんとの面会に行く途中、朝陽市前進公安支局のパトカーに追われて、朝陽市にまで強制的に連れ戻され、6人ともが不法に朝陽市十家子留置場に拘禁された。警官・張明華、劉耀勝と遼寧省公安庁の役人が6人に対して残虐な拷問を行って、たった8日間で法輪功修煉者・陳宝鳳さんを打ち殺した。張明華らは中国共産党の暴威を振るって人を思うままに殺したのだ。

 聞くところによると、遼寧省公安庁の役人は再度朝陽市に赴き、悪の限りを尽くした元馬三家女子労働教養所所長・蘇境、および刑務所管理局の役人も朝陽市に行った。そして遼寧省公安庁の役人は、また卑劣にも陳宝鳳さんの死亡を振りかざして他の断食抗議している法輪功修煉者を脅した。

 於慧娟さんはずっと法輪大法に対する信奉を堅持して、何度も中国共産党の迫害に遭い、かつて長い間しかたなく家を出て、他の地方で生活をしていた。2004年2月9日、於慧娟さんは、真相資料を配ったため連行された。釈放され家に帰って間もなく、また2004年4月3日に龍城公安支局警官・黄殿相などに連行され、馬三家に入れられた。馬三家で、於慧娟さんは独房に監禁されたり、指図を受けた受刑者に厳しく監視されたりするなどの迫害に遭い、気息奄々になった時、やっと2005年2月に家に戻されたが、現在、於慧娟さんはまた残虐な迫害に遭っている。

 (注:法輪功修煉者を迫害している主要な責任者らの情報は、中国語のページを参照)

 2008年4月24日

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2008/4/18/176739.html