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提藍橋刑務所の警官は、杜挺さんを長期にわたり縄でベッドに縛っている

(明慧日本)法輪功修煉者・杜挺さんは不法に提藍橋刑務所に拘禁されて、すでに6年余りが経った。提藍橋刑務所はもともと薄暗くて不気味な恐怖の場であったが、この数年来、また残酷に法輪功修煉者を迫害し、いっそう悪名高くなった。最近、提藍橋刑務所から伝え出された情報によると、杜挺さんに対する迫害は酷くなっている。

 杜挺さん(40歳前後、大卒、本籍は甘粛省鎮原県)は、法輪功の修煉を堅持したため、2001年8月17日に上海市閔行区公安局に不法に逮捕された。2002年3月18日に上海市閔行区人民裁判所に不法に8年間の刑罰を下された。

 杜挺さんは不法に拘禁されてから、かつて1年余り続けて断食によって迫害に抗議したことがある。その間、彼は提藍橋刑務所の警官と警官が指図した邪悪な輩から各種の残虐な拷問で苦しめられた。かつて邪悪な各種の陰謀と虚言によって、一度いわゆる「転向」させられたことがある。しかし、彼は早く誤りを認識して、新たに修煉の道に戻った。公に声明を出してすべての邪悪に対する承諾を無効にさせた。それ以後、再度断食によって不法な迫害に抗議した。杜挺さんはかつて不法に提藍橋刑務所の5大隊、つまり「青年実験中隊」に拘禁されたことがある。そこはもともと死刑囚を拘禁する中隊で、「青年実験中隊」と呼ばれ、略称「青中」である。上海の刑務所システムの中で最も厳しいところである。杜挺さんはずっと断食によって抗議したので、体がすでにとても虚弱になって、歩く時も人に助けられる必要があり、警官も彼の体の器官がとても衰弱していると言った。2006年に杜挺さんは獄中で迫害され、一度肺結核を患ってしまった。刑務所は、各種の口実を作って杜さんを妻と面会させず、服役中重病のための一時出所させなかった。

 刑務所は杜さんを一監獄区に移送した。この区はもっぱら重大な刑事犯罪容疑者を拘禁するところである。現在、杜挺さんは断食を堅持している。

 杜挺はベッドの上で縄で縛られ、動きが取れない。警官らは杜挺さんに対してこのような残虐な体刑をすでに非常に長い間続けている。当初、法輪功修煉者・熊文旗さんを苦しめていた方法と同じである。現在、提藍橋刑務所の警官は断食に対して、すでに一環した「対応」機制を形成した。縄で縛り虐待することは、すでにその中の一環となっている。縄で縛る過程で、動きがとれないようにするだけでなく、看守は罵り、あざ笑い、めった打ちをする。熊文旗さんが提藍橋刑務所を出た時、すでに殴られて苦しめられ、ほとんど本来の姿形はなくなっていた。両目は深く窪み、頭皮は剥がれていた。現在、杜挺さん同様な苦難に直面している。

 一監獄区は湯区長で、杜挺さんが不法に監禁されている4支監獄区の区長は張毅(音訳)という。

 2008年5月7日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2008/5/7/177938.html