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別空間から見たことより 発正念の重要性を知る


文/大陸弟子

(明慧日本)私が大法を修煉するのはすでに12年になった。恥ずかしいことですがこれまで自分の体得を書き出したことがなく安逸心、恐怖心の所為があり、もっと大きいな原因はこの体得を出して交流することが大法を実証し、自分を高め、同修たちとお互いに交流する事により向上する一部分になるとは思わなかった。

 過去発正念について私はあまり重視しなかった。15分間の発正念は何回も時刻を確認し、全く形だけのようで、自分の仕事を済ませることになった。そしていつも集中できず、居眠りしていた。この認識がしっかりと高まった後に、着実に重視するようになった。毎回1時間ぐらいつづけて、全世界同時の4つ正時発正念をする。ある時期全体で3つの発正念をすべて1時間ぐらいしていた、さらに他の時間を加えると、しばらくの間毎日3、4時間の発正念をして、4時間を上回ることもあった。発正念時の見聞は書いて、同修の参考になればいいと思って、次元に限られ、個人の所見でもそれぞれ違うので、妥当でないところに対して同修の慈悲のご叱正をください。ここで同修を注意して、正法の時間を大切にし、発正念の機会を逃さないようにすること、邪悪を一掃することにも、師について世間に行うことにも極めて重要な役割があるからだ。

 今発正念は、早くも正念がとても強い状態に確定することができる。よくできたときに、自分が上へ漂う、エネルギーが上に噴射する、人が浮いているようで移動し、自分のすべてが「真、善、忍」の中に溶けたように感じる。ある時、私は天目で自分が約50から100メートル広さの四角柱の上で発正念するところを見た。とても澄んでいる青空、綺麗な大地、私1人だけで自分が1基の山のように宇宙空間の中で発正念をしていた。あのような感じはすばらしくて、人間の言語では描写できない。やく10階の建物くらい高さがある!

 発正念時に、人がここに座って発正念をするが、1つの固定場所ではない。時にはこの都市にいて、時にはその都市にいたり、山の中腹にいたり、宇宙空間にいたりする。下には山、川があり、ビル、たてものもあり、赤い、黄色、白い花がある。空間でも1つではなく、このような社会形式もあれば、あのような社会形式もあり、多分邪悪を探して駆除するだろう!このように立掌して1時間がすぎた。しかし主意識はとても明晰で、なにをするべき、なにをしてはいけない、どれが必要、どれが不要、どれが一掃するべきで、どれが機会をあたえる、すべてとても明晰に分かっている。

 もちろん毎回の発正念はこのようではありませんが、大多数は効果がよい。ここですべての大法弟子はこんなに長い時間を使って発正念を言わない。師について世間に行く、大法を実証、世間の人を救う中に、すべての大法弟子は師父に按配された自分の道があるので、各自がそれぞれ腕を振るって、それぞれ腕前を見せる。衆生を済度及び正法の進行に要求され、発正念の時間調整も必要です。発正念の中で、もし妨害が在ったら意識の中で邪悪を排斥することと、自分はここまで悟った。ただこの一念だけで、まだ現れていないのに師父が灌頂されてくれたと感じた。

 発正念の最初は、いろいろ要する人が手を組んで一列ずつ私の方へ歩いてきたが、私は立掌してそれを一掃し、直ちに姿がなくなった。ある時の発正念は、1群の赤帽をかぶっている人を見た。何列の縦隊に並んで私の前に土下座し、私はそれが共産悪霊だろうと思って、立掌して消滅した。ある日、30歳あまりの男子を見たが、がんじがらめに縛られ、私の前でひざまずいた。彼は誰かを知っていて、あれは大法の裏切り者です。許しを求めても無駄、慈悲たる師父は何度も教化したことがあるので、法は人間を正す前にすべてに機会を与えるが、あなた自身の選択次第です。

 私は艱難に当たって、もし上手く乗り越えたら、いつも橋を渡り、あるいは自動車、列車に乗ることになり、次元を突破していると思い、階段を上ると感じて、反って次元を下がったら階段を下りる。ある時、恐怖心の所為で、心性の艱難を乗り越えなかった。すると発正念時に3つの文字を見たが、それは「慈、慧、慶」、どの字もきらきら金色の光をしている。師父が教化されていると私は悟った:私達は衆生を済度することが最も正し最も良い事で、衆生に慈悲をあげることだ。しかし邪悪が邪魔するため、私達は智慧を出してしっかりしなければならないが、現在はどんなに邪悪があっても、大法弟子の将来はきっと円満成就になり、邪悪の結末は徹底的な壊滅であり、私達にとっては慶賀するべきだ。

 発正念の時に、よく好きな果物が出て来り、好きな貴金属が現れる。例えば宝石の青い翡翠のネックレスなど。もし食べたり、取ったりしたら、すぐに邪悪に載せられる。偶には金が見える、百元、20元とか、主意識はとても明白で、なににも動じられない、トラブルにぶつかったら自分のことを探すこと。

 しばらく前は、たくさんの事がしっかりと行っていなかったため、妨害がとても大きかった。私は師父に懺悔した、すると発正念の時に、師父の法が私の耳に響いた「転んだら倒れたままにせず、早く起きない。」(『2003年旧正月十五日米国西部法会での法の解説』)。この時に私はすぐ答えていた、私は直ちに立ち上がる!立ち上がる!

 私の所在地は大法弟子が比較的に少ない、まして住所もばらばらで、長い間に学法のグループを成り立てず、形成したらすぐに邪魔とかがあり、数人の精進している大法弟子が忙しくててんてこ舞いになり、学法グループは再び停まった。ある日私は夢を見た:水道の蛇口が壊れて、水が絶えず噴き出した。私が慌てて押さえても無駄で、これはどれだけの大きいな漏れだわ!続いて、夢の中でトイレに行ったら、トイレは汚いそのものだ・・・。私は学法したが、着実に行っていません、トラブルに面して自分の内に向かって探さず、回りの環境を強調していた。こんど私は落ち着いて学法をし始め、本当に頭に入り、字もひとつひとつ大きくなったようだ。学法を通じて、認識をも強化した。つまり私は李先生の真修弟子であり、普通の人ではなく、私は神のようにするべきで、師父に言われた3つの事の1つからし始め、発正念からスタートする。

 発正念を通じて、邪悪な妨害がかなり少なくなり、尾行、各種の監視、盗聴がすべて消えてしまい、正念の威力が存分に現れた。その上発正念の効果が高まり次第に、煉功時の入静にも促進した。特に第5セットの功法、普通でははやくも入静できる。われわれは集団の発正念を通じて、毎週集団学法も回復した。数年来一度も中断したことがない。

 以上、別空間から見たこと及び個人の悟りですが、ふだん殆ど言っていませんでした。ある時、学法グループでみんなが発正念に関して発言した時に、私は自分の体得を話した。そしてみんなはそれぞれ自分の体験を話して、発正念を一層重視した。それで私を啓発して、自分の知ることを書きだして、お互いに交流し、発正念に対して促進になると思います。しかし私はいつも自分に警告している: どんな時でも私達はすべて師父の教戒に従わなければならず、法を師にして、人に学ぶ、あるいは功能に重視するではない、自然に任せて、功能を求めない、顕示心を持たないこと。

 2008年6月29日

(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2008/6/26/180943.html