■日本明慧 http://jp.minghui.org/2008/08/18/mh193390.html 



遼寧省:馬三家教養院は拷問を用いて王俊艶さんを迫害

(明慧日本)2007年7月29日、遼寧省葫芦島市建昌県二道湾子郷の法輪功修煉者・王俊艶さんは、留置場へ行って正念を発したところ、警官に強制連行され、不法に15日間監禁された。同年8月13日、警察は王俊艶さんを馬三家教養院に護送し、不法に労働教養を強制した。

 馬三家教養院の警官は護送してきたばかりの法輪功修煉者に対し、完全に閉鎖した狭い部屋に入れると、ベッドも無い部屋の、床の草の上に直接寝かせた。床には奇妙な形の様々な虫がいっぱいいた。座る時も拷問刑具と言われている非常に細く作られた椅子の上に座らされた。悪らつな警官は、強制的に法輪功と師父を悪者にした内容のビデオなどを見せて洗脳する。これがいわゆる「転向」工作である。王俊艶さんは強制的な「転向」の洗脳を固く拒否した。すると、警官は続けて法輪功を批判する内容の文書を書かせようとしたが、それも王さんは固く断った。王俊艶さんは断食をして不法な迫害と洗脳に抗議した。

 2007年9月中旬、悪らつな警官は王俊艶さんを、第三大隊から重罪の受刑者を監禁している第一大隊に移した。9月末、第一大隊の警官は王俊艶さんを強制し、「罪を認める文書」にサインさせようとしたが、王俊艶さんは警官に対してはっきりと、『自分には何の罪もなく、何の過ちもない、大好きな法輪功を修煉しているだけ』と答え、サインを拒否した。すると、警官の趙国栄は王俊艶さんの両耳と顔を強く殴った。続いて、彼女を狭い牢屋に入れると、国磊、楊丹、周麗娜ら囚人を呼び、王さんを集団で暴行した。それでも王さんを暴力で崩すことはできなかった。暴力でサインさせることに失敗した警官は、受刑者の周麗娜に王俊艶さんの代わりにサインさせた。

 2007年10月28日、教養院の悪らつな警察は王俊艶さんに不明な薬を注射しようとした。王俊艶さんは強く抵抗した。王俊艶さんは『自分には何の病気もない、十年間病院に行ったこともない、だから何の薬も注射しない』と固く断った。それでも警官はあきらめず、王俊艶さんに強制的に薬を注射しようとした。その後、過酷な労働を強制した。王俊艶さんは作業現場で、大声で「法輪大法は素晴らしい!」、「法輪大法は正法です!」、「法輪大法を迫害することは絶対に間違っています!」と叫んだ。すると、張春光、趙国栄ら6、7人の警官は、王俊艶さんを作業場の倉庫に連行し集団で暴力を振るい、またも、いわゆる審査の書類にサインさせようとした。王俊艶さんが断ると、引き続き暴行した。王俊艶さんが大声で「誰か助けてください」と叫ぶと、警官は彼女の口にタオルを突っ込んで声が出ないようにして虐待した。警官はまだ満足せず、彼女を狭い牢屋に入れて引き続き拷問した。拷問の「伸ばすベッド」に固定し、四方へ体を引き伸ばして苦しめたため、手錠をかけられた両手は大きく腫れた。手錠が肉にくい込み、彼女は痛みで意識を失った。そんな危険な状態に陥ったにもかかわらず、警官の張春光は足で彼女を蹴った。

 2007年11月30日、警察はまたもいわゆる「審査書」にサインをさせようと、王俊艶さんを攻めた。王俊艶さんは固く断った。すると、悪質な趙国栄は彼女を倉庫に連れて行き、足で蹴り顔を殴るなど、暴力を振るった。王俊艶さんは立つことすらできなくなり地面に倒れた。しかし、王俊艶さんはサインをしなかった。あきらめない警官は四人の重罪犯の受刑者を連れて来て、王俊艶さんに暴行を加えさせ、いわゆる「三書」と「審査書」にサインを強制したが王俊艶さんは依然としてこれらを断った。警官らは、王俊艶さんを狭い牢屋に入れて、伸ばすベッドで苦しめた後、寝かせないように拷問を強制した。牢屋は寒く、冬なのに暖房もなく、非常に残虐な仕打ちだった。

 2008年6月27日、教養院はいわゆる「四川省地震講演団」を組織し、迫害を恐れて法輪功の修煉を放棄し、中共に降伏した王慧娟という悪人を呼んできて法輪功の悪口を言わせた。王俊艶さんは「法輪大法は正法です!」と叫んだ。悪らつな警官の張春光と李明玉は、王俊艶さんを執務室に連れて行って暴力を振るい、髪の毛を掴んで殴った。

 馬三家教養院が法輪功修煉者に犯した罪は数え切れない。例えば、法輪功修煉者の信淑華さんは毒薬を注射され、飲まされた。本渓市の王曼麗さんは真冬に下着一枚にさせられ、裸足で雪の上を歩かされた。

 2008年8月18日

(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2008/8/15/184091.html

明慧ネット:jp.minghui.org