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貴州畢節:葉逢林さんは労働教養所内の病院で死亡

(明慧日本)貴州畢節の法輪功修煉者・葉逢林さん(44)は、2002年、貴州中八労働教養所の六大隊「専門管理中隊」によって迫害され、2002年6月18日、高熱であったにもかかわらず強制的に工場内の労働を強いられた。翌日午前、葉逢林さんは工場から呼ばれ中八労働教養所の病院で診察を受けた。医師は体温が41度と言ったが、警官は、少しだけ薬を受け取ると葉逢林さんを連れ戻した。 夕食時、警官・黎計明は葉さんの腕を逆さにねじり、「病気なのに、どうしてもっと前に報告しなかった。熱が41度だって? 何を意味しているのか? 死んだらどうする!」と言った。しかし警官は、葉さんを病院で治療させず、速やかに病院に送るつもりもなかった。法輪功修煉者たちの手厚い看護のもと2日間床に就き、葉さんは熱が下がり食事もできるようになった。

 6月23日午後、すでに熱が下がっていた葉さんは突然労働教養所の病院に入れられ、6月27日夜明け、急死した。(かつて報道したことがある) その後、労働教養所の当番だった労働再教育員が自ら告白した。「葉逢林さんの死亡はうさんくさい。26日夜、一緒に楽しく話をして11時以降寝たのですが、翌朝死んだと言われました。夜勤の人によると、深夜1時、数人の医師が来て、葉逢林さんに緊急措置をとると言っていた。要するに、少しうさんくさいです」。 葉逢林さんの死亡後、中国共産党の不法な人員は、家族もいないなかで火葬してしまった。そして年老いた両親だけに知らせ、葬儀の費用として5000元を渡した。これは中八病院で今までにない高額な葬儀費用である。

 2000年11月、葉逢林さんは仕事で、現地の公安に「会議をする」ということで呼ばれ、不法に3年の労働再教育を科され、2001年10月には貴州中八労働教養所に送られた。

 葉逢林さんの死亡は1カ月近く隠された。7月に強制的に健康診断をされた時、法輪功修煉者が何度も葉逢林さんを見舞いたいと要求したが、警官はいろいろな理由をつけ拒否した。しかし、どうしても隠しきれなくなり、労働教養所はやっと葉逢林さんと一緒に迫害された中隊の法輪功修煉者に通知した。

 法輪功修煉者はすぐに要求を出した。

 一、どうして死亡してから1カ月以上たってやっと私達に教えたのか? 
 二、病状をより詳しく教えることを求める。
 三、警官・黎計明が「高熱が41度って、何を意味するのか? 死んだらどうする」と言ったが 、どうしてもっと前に治療してくれないのか? 逆に私達は人間性がないと言ったのか? 
 四、葉逢林さんの追悼会を行う事を要求する。
 五、葉逢 林さんと私達が一緒にいたすべての情況をその家族に教えることを要求する。 六、 葉逢林さんの死亡を利用し更に迫害しないようにする。

  以上の中で一、二、六についてはすぐ返答してきたが、その他の要求は労働教養所が答えるように求めた。 葉逢林さんが亡くなってから5日目、つまり2002年7月2日、中八労働教養所で迫害されたすべての法輪功修煉者は、中八労働教養所の病院に集められ、体を検査された。血液、尿、超音波スキャン、2回のレントゲン検査、強制的な予防注射など10数の項目があった。 警官・楊仁寿はこのような健康診断をするために、「労働教養所はあなた達一人に対し200数元を負担した」と言った。これは迫害された法輪功修煉者にはかつてない検査料であった。

  2002年9月、中八労働教養所の警備チームは大規模な迫害が発生、労働教養所の病院はわざと24時間体制で、医師が当番を行った。法輪功修煉者が意外なことを起こす恐れがあると言った。

 迫害の手段には次のようなことが行なわれる。まず、法輪功修煉者に強制的に法輪功を誹謗する録音を聞かせ、ビデオを見せる。立たせたまま睡眠をとらせず、疲れて寝てしまうと、強いライトで両目を照らす。また、法輪功修煉者の体力を使い尽くし固い意志を粉砕するために、食事を少なくする。厳しい日差しの中で労働再教育人員に引っ張られ、走らされる。その時は真夏で、法輪功修煉者に汚れた臭い綿入れを着せて縄で縛り、炎天下にさらす。多くの法輪功修煉者はその場で意識がぼんやりして倒れてしまう。続いて各種の手段で人格を侮辱し、下品な侮りやののしり、殴打で法輪功修煉者を残虐に迫害する。

 2002年の冬、労働教養所は決意の固い法輪功修煉者を再び迫害した。血生臭い迫害の手段は2002年9月と殆ど同じだが、炎天下を厳寒に変えた。法輪功修煉者はパンツ1枚まで剥がされ、先に冷水で濡らした後、外の寒風にさらした。冷えたご飯を食べさせた。

  中八労働教養所で2002年に迫害を行ったもう1カ所は宿泊所であり、同時期に迫害を始めた。後に貴陽爛泥溝へ移り、悪名高い強制洗脳センターとなった。 中八労働教養所はまた各大隊、中隊で「堅いグループ」・「監視・管理チーム」・「談話室」を作り、法輪功修煉者を迫害した。警官はあらゆる手段で労働再教育人員をそそのかして手先にし、法輪功修煉者を迫害した。直接法輪功修煉者を殴る警官もいた。例えば、六大隊・楊仁寿をはじめ、警官は集団で法輪功修煉者を殴り、それから警備のチームへ引っ張って行き、引き続き迫害した。 要するに、労働教養所は修煉を放棄しない法輪功修煉者に対して様々な残虐な体刑(長期に亘り死人ベッドに縛る、メッタ打ち、無理やり糞便を口に入れる、針刺、ひざまずかせ睡眠をとらせないなど)で迫害し、最後には人を狂わせてしまうのである。

 2008年9月10日


(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2008/9/5/185346.html