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河北省石家荘:李秀敏さんは迫害され危篤、両親は病気で寝たきり(写真)

(明慧日本)河北省石家荘の法輪功修煉者・李秀敏さんは2007年5月23日、再度強制連行され、眼底に深刻な症状が起こり、顔面の神経麻痺が現れ、その上、3センチ大の子宮筋腫ができた。李さんは2007年10月、石家庄市:新華区裁判所に不法に5年の刑罰を下され、河北省女子刑務所の「老人・虚弱者・病人・身障者」班に拘禁された。病状は悪化する一方で、向こう側にいる人がはっきりと見えず、腫瘍があるため下半身からいつも出血していた。

  2007年7月19日、李さんの69歳の母・李香之さんは娘のため、関連のすべての部門に、服役中の重病による一時出所を申請した。しかし、一年あまり経っても結果はなかった。2008年7月29日晩、李さんの母は突然、脳出血の病状が現れて人事不省になり、もう少しで死ぬところだった。120番に電話して病院で応急手当を受け、費用が2万数元(約30万円)かかった。本当に泣き面にハチである。李さんの母は退院したが、娘のことを大変心配しており、食欲がなく、表情もなく、半身不随でベッドに寝ている。

  李さんの父はもともと体が弱く、食事を作ることもできない。李さんに一時出所の許可が下りず、妻は倒れ、李さんの父は非常に焦って寝たきりになり、一家3人の命は危篤に陥っている。

 
李秀敏さん

中国共産党が法輪功を弾圧してから8年余り、李さんは前後4年余り労働教養を受け、労働教養所で残虐な拷問を受け、巨大な精神的圧力を加えられ、体に様々な病状が現れた。2006年3月、李さんは重病者のための服役中の一時出所で家に帰ったが、今また不法に5年の刑罰を下され、河北省女子刑務所で拘禁され、病気に苦しめられている。

  2007年5月23日夜、李さんともう1人の法輪功修煉者は、外出して道に迷い、新華区西三荘郷に「法輪大法好」という紙を貼ったために、西三荘治保会の民兵・李慶晨、付文凱、張振剛、葛文林は新華公安支局上城派出所と一緒になって強制連行した。李慶晨は現場で強行に身体検査をして、李さんにひどくビンタを食らわした。夜、警官は手錠の鍵が見つからないと言い、李さんにトイレに行かせなかった。上城派出所指導員の郭連喜は中国共産党の教唆を受け、5月25日午後に2人の法輪功修煉者を石家荘第2留置場に不法に拘禁して提訴し、刑罰を下すことにした。

  李さんの両親は70歳近い老人であり、連続して10人ほどの弁護士を探した。多くの弁護士は法輪功を修煉する李さんの不公平な境遇に同情したが、中共の警察の迫害を恐れ、受理する勇気がなかった。ようやく正義感を持つ孫律氏を見つけ、身内達は喜んで委託代行協議書に署名し、弁護士の費用を払った。しかし2日後、この弁護士事務所の主任は弁護士の費用を返し、委託代行協議を取り消した。そして、詫びて同情する事しかできなかった。

 2人の老人はほとんどの石家庄市の弁護士事務所をまわったが、この訴訟事件を受理する弁護士がいないので、石家庄市司法局に方策を尋ねた。法律援助センターの弁護士は電話で指導者の指示を仰いだが、法輪功の事件は代行できず、法律のコンサルティングさえも提供できなかった。また弁護士管理所に問合わせたが、受付の態度は悪く、法輪功の事件は弁護士に代行させないと横暴に言ったという。どこの規定か聞くと、「上」だと答えたが、しかし関連書類を提示することを拒絶した。

  2007年9月26日、新華区裁判所が不法に開廷した時、法廷の指定する弁護士・李二莉は次のように話した。「李さんは目の病気でほとんど見えず、看守が提出した病状の報告の中にすべて記録がある。子宮腫瘍に罹り、腹が痛くて下半身は常に出血し、常に頭痛・腰痛を伴い、取り急ぎ治療の必要がある」。家族はその場で李さんがゆっくり歩き、やつれて力がなく顔色も悪いのを見た。情報筋によると、開廷する前に、新華区裁判所はかつて市の中級裁判所に李さんの保証人を立てて審問を待つ報告を出したが、中級裁判所は許可しなかった。

  留置場で拘禁された8カ月の間に、李さんの腸や脾臓は常に痛み、留置場の医者は腫瘍があると言った。病院の診断では子宮の中に2つの腫瘍があり、ひとつが子宮の内膜にできたので、常にお腹が痛くなり、下半身から出血した。目は痛くてほとんど見えない。深刻な時は、眼球が掘られるように痛くなり、頭と顔から耳のつけ根と歯まで痛くて夜も眠れなかった。

  2007年7月19日娘の体の状況を知ってから、李さんの両親は保証人を立て審問を申請するために、あちこち奔走した。娘の病状は日に日に悪化し、2人の老人は娘の病状を心配し、落ち着かなかった。人間性をなくした中国共産党の警察は、重病による服役中の一時出所をわざと遅らせ、すっと許可していない。

  2007年10月25日に新華区裁判所は5年の刑罰の判決を知らせた。李さんは上訴を求め、家族が北京の弁護士を頼んだ。中級裁判所は2審ですでに判決したので、弁護士が介入することができないと言った。家族は判決文を求め、中級裁判所は(実際は判決していない)出せないので、家族は努力して弁護士を介入させた。弁護士は強く無罪の弁護をし、確かな根拠があったが、中級裁判所は元の判決を維持した。

  2008年3月5日、家族は何度も駆け回って探し、やっと李さんが河北女子刑務所に拘禁されていることが分かった。何度も河北省刑務所局に陳情し、家族は日々思い続けた娘に会った。李さんは刑務所の「老人・虚弱者・病人・身障者」班で拘禁され、病状はずっと悪化しつつあり、体がとてもやせて弱々しかった。視力がますます悪くなり、食事の時にお碗の中の食べ物がはっきりと見えず、向こう側にいる人も見えない。腫瘍があるため、いつも腹が痛く下半身から出血し、顔面神経は麻痺している。

 (注:法輪功修煉者を迫害している主要な責任者らの情報は、中国語のページを参照)

  2008年9月20日

(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2008/9/17/186050.html