日本明慧
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忘れ物を渡す過程での修煉体験


文/チェコの大法弟子

(明慧日本)私はよく忘れ物をします。失くしたのは大体、雑多な物を入れる財布や携帯電話などです。ある日、私はバスの中で財布を落としましたが、運転手さんは私を探し当てて財布を返してくれ、私はとても喜びました。彼は正直な人でした。しかし、他にも何度か財布を落としたことがありましたが、遺失物探しの広告を出したにもかかわらず、全く消息はありませんでした。

  少し前、私はある大法弟子と一緒に新聞を配りに行った時、バスから降りて地下鉄に乗り換えようとした時、誰かの携帯電話が座席に忘れられているのに気付きました。当時、私たちは1ケースの大紀元新聞を配送している途中で、他の大法弟子がさらに各新聞ステーションへ送るためにこの新聞を待っており、私は忙しいのでそれは放っておこう、他の事に邪魔されるべきではないと思いました。

  しかし、自分自身が携帯電話を失くした時にどれだけ焦ったかということを思い出しました。少し前に、私はまた携帯電話を失くし、ちょうどこの携帯電話のデザインとそっくりだったのです。その上、最近の交流会の討論で、自分がどんな事もしたくない時、今手元でしている事が更に重要だと、よく自分のための口実にしていると皆が言及していました。

  そこで、私は携帯電話を拾い、電話の住所録から本人を探せる連絡先をチェックしました。私と同行した同修はこの時間を利用して周りの人に真相チラシを配りました。私は本人の住所録の中に「パパ」と登録してあるところに電話しました。相手の反応はとても予想外でした。その父親は、誰かが彼に娘の携帯電話を返そうとしているとはまったく信じられないようで、とても怪しみながら一連の質問をしてきました。最後に、彼の疑惑を消すため、私は法輪功の修煉者であることと、修煉者の原則を彼に伝えました。これでようやく彼は、私と会う約束をしました。私達はその日に会うことにし、場所は同じ都市にある、私がもともと大紀元新聞を送ってとても長い間会っていない同修と面会することにしていた、まさにその場所だったのです。

  私は約束の時間の1分前に駆けつけました。女の子の父親はすでにそこで私を待っていました。彼は私に対してとても感謝しました。私は彼に法輪功のチラシを一枚渡しましたが、彼はもっとくださいと言い、さらに私の誠意を疑ったことを繰り返し謝りました。彼は、あなた達はそこで携帯電話を拾ったら、自分で使っても全く問題ないのに、このような状況で物を返す人はあまりいないと言いました。

  私達はしばらくの間話をして、彼は妻を連れて私達の煉功場に来ると言いました。

  この日は1日中、とても心地良く過ごしました。これはごく普通の良いことですが、しかし私は多くの心の中にあった疑惑をすべて解くことができました。私はついに一重の障壁を突破し、自分のわずかな安逸を放棄して、人のために与えることができました。

  2008年9月24日

(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2008/9/18/186096.html