日本明慧
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真相を伝える中で自分をしっかり修め、もっと多くの世の人々を救う(三)


文/中国大陸の大法弟子

(明慧日本)主役は自ら上手く演じるべきです

 私は毎日外に出かけて真相を伝えています。常人の中で行脚しているようです。毎日たくさんの人に出会います。我々は神の道を歩んでいる人であり、一人一人の大法弟子が持っているエネルギー場はとても強いのもです。どんな場所に行ってもエネルギーもそこについてきて、またその場所を整理することになり、真相もそこで伝えることになります。真相を伝える過程は彼らを整理する過程でもあります。また、彼らのために多くのよくない物質を取り除くことになります。世人は真相を受け入れるなら、世人は救われることになります。真相はわれわれの心の中にあり、どこに行ってもそこに持っていき、われわれの一人一人の大法弟子が移動する脱退センターです、全社会は大法弟子の修煉場なのです。

 師父は、「あなたたちこそが歴史のこの時期の主役です。邪悪にせよ、正しい神にせよ、今はいずれもあなたたちのために存在しています。あなたたちの道を正しく歩むことこそが最も重要なことです」(『正しい道を歩む』)とおっしゃいました。

 師父がわれわれは主役であるとおっしゃいました。本当に主役であることを感じ取りました。これは人を救う劇です。師父が監督されており、われわれは人を救う主役です。世人と衆生はわき役で、彼らは救われるのです。われわれしか、この大きな責任と使命を持っていません。師父はすでに、われわれにこの能力を与えてくださいました。今は劇が終わろうとしています。うまく演じるかどうかは主役がどう演じるかによります。だから大法弟子の責任は重大だというのです。真剣に真面目に真相を伝え、衆生を救い済度することがどんなに重要であるか、ますます分かるようになりました。毎日、外に出かけて人を救う役をします。毎日とても不思議です。なぜなら、これらはすでによく按配されているからです。

 ある日の午後、とある建築現場に着きました。東側の曲がり角に20数人の出稼ぎに来ている人たちが話しながら笑っているのが見えました。これは私に按配してくれたのだと思いました。これらの人は真相を聞き、救われるのを待っているに違いありません。聞いたら湖北の人であり、もうこの現場で働かなくなり、現場が変わる予定で、車を待っていました。先に健康のことから語り、彼らを関心を引き寄せて、その後に真相を伝えました。真相を伝えた後、彼らは脱党しました。このとき車が来ました。彼らは自ら私に別れを言い、喜んで別れました。縁がある人がここに来て真相を聞き、救われました。彼らはこの日を待っていました。このとき主役が登場しなくてもいいのでしょうか? 主役が来て真相を伝えないといけません。師父の法身と正しい神が皆、我々を手伝ってくださっています。神々はみな見ています。われわれ大法弟子がどう演じるかを見ています。一言一行を全てはっきりと見ています。

 ある交通監視塔の西北側に大きな木があります。交差点の出口の外側に位置し、通行人が座って休憩することができます。ある時、ここに来ると出稼ぎに来ている人が休憩しているのが見えました。とても良い人で、二人の息子がいるそうです。脱党を勧めるとすぐに脱党しました。そしてすぐに立ち上って去って行きました。このときまた三人来て、彼らに座るようにと呼びかけました。彼らは本当に私の両側に座りました。この三人は大人しくて誠実です。早くも脱退を受け入れました。三人は嬉しくしゃべりながら笑ってスーパーの方へ行きました。このとき後ろを向くと、左にいつの間にか二人来ていて、道のそばにいる人と合わせて三人が一緒に話をしています。実際は私を待つようよく按配されているのです。この三人はみな真相を受け入れました。その中の女性は大法の資料を見たことがあるそうです。真相を伝えた後、そばにある老人が立っていました。彼は今年で78歳で、三人の子供がいるそうです。真剣に話を聞いてくれ、また真相を受け入れました。このときもう一人の80歳ぐらいの老人が来ました。その老人と一緒に北へ歩きながら話していました。そして脱退を受け入れました。皆さん見てください、列に並んで真相を聞いているかのようです。私たちにできるのでしょうか? すべては師父がされたことなのです。私たちは責任が重大だと感じるのではないでしょうか? 皆さんはとても楽ではないでしょうか? 心の中に危惧と妨害などはないので、真相を伝えることは順調で、これはすべて良く按配されたことです。大法弟子の責任は大きいのです。そして、とても運が良いことでもあります。私たちは正法時期の大法弟子のこの主役の立場を大切にすべきです。

 ある時、私の悟性はついていけなくて、師父はまた按配してくださいました。つい最近のことですが、ある日の午後、信号の下で50歳前後の男性が地面に落ちたスイカを拾っていました。皆さん考えてみてください。自転車の後ろに置いていたスイカが地面に落ちて、割れないわけはないでしょう? しかし、スイカは割れていませんでした。私はただ、大丈夫ですか、とだけ聞きました。彼は大丈夫と言い、慌ただしく道路を渡っていきました。しかし、次の交差点でまた同じ事が起きました。そのスイカはまた地面に落ちました。おかしいことにスイカは割れませんでした。この時、私は心の中でとても驚きました。この人は縁のある人です! もう少しでチャンスを逃すところでした! 私はポケットを触るとビニール袋が一つありました。彼に袋を渡し、このようにして私はチャンスを逃がさないように彼に真相を伝えました。そして彼に脱党するように勧めて、彼は受け入れました。私は、このスイカはきっと地面に落ちることはないと思いました。

 このように、劇の主役が出ないと駄目なのです。出て来たら伝えなければならないのです! 私たちは良き主役にならなければなりません! 私は最近、次のようなことを悟りました。出てきて、人に会って口を開くことができたら、通常、世人は皆受け入れることができます。私達のこの利己的な心、私(し)のため自分のための心を次第に取り除いていかないといけません!

 最後のこの劇はとても重要です。師父は私たちに一切の人心を捨てるよう要求しておられます。本当に衆生を救い済度する中で一切の執着と欲望を捨て、世人に真相を伝える中で直面する魔難において、最後の円満に至るまで歩んでいくのです!

 (明慧ネット第五回中国大陸大法弟子修煉体験交流会)

 2008年11月21日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2008/11/13/189336.html