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長春の大法弟子の梁伯生さんが迫害されて死亡

(明慧日本)吉林省長春市の浄月開発区の大法弟子・梁伯生さん、1999年に浄月開発区玉潭派出所に不法に連行され、家財を差し押さえられた。悪辣警官らは社会のチンピラを雇用して梁さんに対して木棒を振るってめった打ちし体中傷だらけさせて、梁さんは気息奄々になってからやっと止めて、その後2年間朝陽溝労動教養所で不法に労働教養処分を強いられた。この間、梁さんは苦しめられて、特に朝陽溝労動教養所の5大隊にいた時に、寝れない、腹いっぱいに食べられない、1日中板に座らせられて両足が痺れ、少し動いたら監視役にベッドの板で打たれる。最後に40日の期限オーバーの監禁を経てやっと釈放された。

 家にいた4ヶ月の間、浄月開発区と玉潭郡「610」と派出所にひっきりなしに掻き乱された。2002年3月20日に再度家で連行された時に、彼の年を取ったお母さんは脅されてショックで、人事不省になり手足が痙攣になった間に、みんながお母さんを緊急救護した中で、やっと梁さんが抜け出した。その後外で9ヶ月間流浪生活をして、家に帰れず、食住ともに外で済ました。残ったわずかなお金を使い切った後に、車に乗る事ができない、街頭で泊まれないため歩いて内モンゴルにいる妹さんの家に行った。途中で腹がすいて我慢できない時に、乞食をして食べる。

 彼が妹さんの家に着いて翌日、現地の悪人に告発されて、派出所に連行されてもとの長春市浄月開発区玉潭派出所に移送された。2002年12月19日に再度2年間朝陽溝労動教養所で不法に拘禁された。

 拘禁された当初、所謂「5書」を書かない、邪悪の命令に協力しないため、悪辣警官らに他の受刑者を指図してトイレに押し込み、窓を開け、洋服を脱がされて、トイレで冷たい水を頭から体中に流された。彼が凍って話をする力がなくなるまでにやっと屋内まで引っ張られて、晩に寝させられず、腹いっぱいに食べさせられない状態で何回も繰り返した結果、彼は熱があり40度に達して、息が苦しく、咳が止まらなくなった。

 半年も続く熱のままで、彼の肺部は深刻に悪化し、ずっと咳をして血がともなった。この時の梁伯生さんは骨と皮ばかりにやせこけて、気息奄々となったため2003年10月30日に服役中重病のため一時出所された。

 家に帰った後に病院の検査を受けて、肺部の90%細胞は熱の原因ですでに壊死し、広面積の結核となった,ただ10%の細胞しかのこっていない。呼吸がとても困難で、ひっきりなしに深呼吸して、顔色が青くなり、跪いて頭が伏したままで寝るしかない、生命危篤状態だった。最後に病院は彼の胸部にプラスチック管を入れてそしてある四角形のプラスチックの瓶と合わせて彼の呼吸を維持するようにした。

 あとの3年間は8回も入院して、家の貯金を全て使いきって、強い男が廃人になってしまい、自力で生活できない、心身ともに極めて傷つけられた。まだ48歳だった梁伯生さんは2006年3月19日に冤罪が晴れないままで亡くなった。

 2008年11月29日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2008/11/25/190450.html
(英語:http://www.clearwisdom.net/emh/articles/2008/11/27/102570.html