日本明慧
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常人が受け入れやすい形で衆生を救う


文/日本の大法弟子



 (明慧日本)最近、神韻チケット販売の過程で、同修の間にやり方について違う認識があるため、全体の協調がそれほどできていません。実は神韻のみならず、他の常人社会の中における法を実証する活動においても、同じような問題があります。ここで同修と交流したいと思います。

 西洋社会と同じように、日本も非常に礼儀を重んじ、そのため、たくさんの人は人間同士に見られる表面的な言動と礼儀を非常に重く見ています。世間に執着しない大法弟子にとって、もちろん常人のように常人が重く見ていることに執着してはなりません。しかし「大志を懐きながら細かいことに配慮すべき」です。少なくとも行為は常人に理解されるものであり、この社会の形式に符合しなければなりません。しかし最近、神韻を広める活動の中で、あまり常人に理解されないことがありました。

 例えば資料を作るとき、神韻の内包を表現しようとして、英語の原意を残しつつ、英語の資料をそのまま日本語に訳しました。そのため日本語の文章自体があまり文法に合わず、抽象的な文章になってしまいました。さらにチケット販売について、日本社会では、お客がチケットを買う時にいつも劇場の座席を指定します。しかし、これまでに一枚のチケットを複数のお客に販売した事情があり、今後このような問題を回避するため、お客がチケットを買う時に具体的な座席の番号を知らせず、ただ大まかな座席の位置しか知らせないようにしています。そのため一部の日本人があまり受け入れなくなっています。

 ある日本人同修が、このようなやり方では常人に良くない印象をもたらすのではないかと指摘したとき、直ちに一部の同修は、このような考え方は常人の観念が強いとか、どうしても常人に符合しなければならない必要はないなどと言いました。確かに、大法弟子が法を実証するときは法を根本として、衆生を救うことを出発点として、常人の形式で行っているのです。成し遂げようとする目的は常人社会を超越しているので、当然、常人の言動に左右されるべきではありません。しかし私たちは時々、常人の受け入れ能力に対する配慮が足りない時があるのではないでしょうか? 確かに大法弟子は法の内包を伝えたい、大法のすばらしさを体現したいと思っていますが、法を知らない常人はただ常人の角度からしか大法弟子の言動を評価しません。私たちの常人の受け入れ能力に対する配慮が足りないとマイナスな影響をもたらすかもしれません。

 すべての常人には分かる一面があります。しかし、私たちが行おうとしているのは人間の最も表面に真相を知ってもらうことです。しかし、人間の表面はさまざまな観念が形成され、さらに他の空間の生命による妨害もあり、最も不安定です。私たちが神韻を広めるときは必ず気をつけなければなりません。できるだけ神韻のすばらしさを伝えなければなりません。もちろん、私たちは神韻が世界中で最もすばらしいものだと知っていますが、人間が神韻を見る前まではそれを知りません。もし、私たちの神韻を広める方法自身にあるべきやり方に符合できなければ、神韻のブランドイメージを損なう恐れがあります。なぜなら、このとき私たちの言動が神韻を代表しているからです。

 もちろん、私たちも極端に走り、完全に常人の要求にしたがって行うのもよくありません。なぜならば到達しようとする目的が違うからです。しかも、実行する過程の中で現れたことはいずれも修煉と関係があります。ですから、やはり一人の修煉者として法に従って行うべきです。しかし、常人の観念に左右されないことは、常人のやり方を無視することではありません。衆生を救うことは本当に衆生が救われることを重視し、できるだけ済度される側の特徴に合わせて、相手がより受け入れやすい角度に立って行うべきです。大法弟子は慈悲ですから、衆生を救うときは、できるだけ最大限に、衆生に法の無限な力を感じさせようとするからです。

 私たちが常人社会の形式に符合できない時は、えてして自分の努力が足りないことがよくあります。いつも、常人のやり方はどうでもよく、良し悪しは修煉者の一念によるもので、正念が強ければどんな奇跡でも起こせると思っています。しかし、正念が強いことは常人の社会形式に符合することにおいても体現されるべきだと思います。常人のことをする中で遭遇したすべての問題も、向上するチャンスではありませんか? 大法弟子はどこにいても最も良い人であるべきです。本当に不足があっても、たとえそれが大法を実証する活動自身とあまり関係がないように見えても、衆生を救うことにとって有益であれば、向上してよりよく行うようになるべきです。

 以上は個人の理解に過ぎず、正しくないところはご指摘願います。

 2008年12月9日


(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2008/12/8/191265.html