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修煉と勉強を両立させ、師父が按排された道を歩む(二)


文/大法小弟子 蓮海

(明慧日本)

 5、「名」の追求を放棄

 良い成績と悪い成績の人は「名」の追求心が起きやすくなります。成績が良いと喜び、悪いと気分が悪くなり、そのとき積極的に「名」という追求を放棄すべきです。両親はいつも「間違った宿題や問題をやり直すだけでいいから、絶対に『名』を追求しないでね」と言ってくれ、私は名を追求する執着心を放棄しなさいという意味であるとわかりました。つまり、私は学生として仕事と同じようにまじめに勉強すれば他のことは考えなくてよいということです。

 6、持久力を高める

私の持久力は弱いのです。例えば、大法の学習、煉功は受身的で、自粛能力は低いのです。常に睡魔に襲われ、授業中よく眠くなります。だから自分を緩めないで、持久力を高める必要があります。

2年間私は授業中に主意識を強化し、頭が授業から離れる考えが出てきたら、積極的に除去しました。最初は難しくて両親からも私の正念を強化してもらい、毎日学校へ行く前、私に「精神を集中するように」と注意され、放課後、「今日、何回か頭が授業から離れたか」と聞かれました。しかし、いくら集中できなくても両親は怒らず、私と一緒に執着心を探して除去するようにしてくれました。両親は粘り強く支えてくれて、非常によかったと思います。また、一緒に正念を発して、他の空間の邪悪を除きました。なぜならば私たちは一体であるからです。

このように、私は内から探し続け、執着心を取り除き、頭を浄化し、定力が高まって授業に集中できるようになりました。成績も徐々に良くなり、願った通り市の有名高校に合格できました。

 高校に入ったばかりのとき、私の成績は学級で270位でした。高校1年の1学期の期末試験で20位ぐらいになって、Aクラスに入り、高校1年の最後の学期には5位になりました。現在私は高校2年生ですが、1学期の中間試験は1位になりました。科目のコンテストのときには、数科目は1位を取っていました。私の成績が上がったことについて「本当に奇跡! 不思議だね」と学校中噂になりました。それによって親戚、友人、先生、学生たちによい影響を与え、大法の名誉を維持でき、大法を実証することができました。

 ここで、大法の学習と修煉の関係に関するもうひとつの物語を書きたいと思います。そして大法が超常であることを証明したいです。

 2007年9月、私は真相を伝えるときに、大法と縁がある人(他の学校の高校生)に修煉の道を引導することができました。彼は大法を得た後、大法の学習や心性の修煉に精進し、積極的に真相を伝え、大法を得たことを喜んでいました。彼のお母さんも大法を支持しています。2008年8月、夏休みに、彼のお母さんから「うちの子は大法を得た後、大法ばかり学習して、学校の成績がすごく悪くなり、お父さんが大法を習うことをやめさせたよ。学校の先生も家の子は正常ではなくなり、悪口も常にいわれ、それでうちの子も怒って、ときどき自分をコントロールできなくなっている。早く家に来てくれますか」と電話がかかってきました。

私たち一家は早速行きました。彼は私の以前の状況と同じで、大法を学習すれば、学校の勉強をサボってもよいという偏った考えをしていました。主意識を緩めたことから、他の空間の邪悪にすきをつかれ、彼と彼の家庭、学校との関係は異常に緊張し、邪悪は目的を達しそうでした。最初、彼は自分自身の関門だと思いましたが、状況は悪くなる一方でした。問題を見つけ、彼は道を素早く正し、前月(高校2年生中間期試験)、彼のお母さんから「息子の成績の向上の早さに、先生も息子に対して180度見方が変わったようで、今すごくよく接してくれて、『トップの勤労学生の奨学金』を申し込んでもらったの。でも息子は固く断った。だから息子に勧めてくれない?」と電話がかかってきました。

私の両親は、「奨学金はあなたが自分からほしいというのではなく、あなたが優秀な学生だから、先生が与えてくれたのだからもらっていいのですよ」と言いました。『転法輪』で師父は「例を挙げましょう。ある日勤め先が住宅を配分することになり、上司が自宅事情の困っている人はみんな申し出して、事情を説明し、どうして住宅が必要なのか申し立てるようにと言いました。それぞれが自分のことを申し立てたのですが、その人は黙って何にも言いません。しまいに上司は、その人は他人より困っていることを見抜いて、住宅は彼にあてがうべきだと言いました。他の人は『それはいけません。彼に割り当てるべきではなく、私がもらうべきです。私のほうがこれそれの事情で困っているのだから』と、言います。すると、彼が『ではもらっていきなさい』と、言ったというのです」。先生が申し込んでくれたのだから、もらっていいと思う。もし、申し込んでくれなければ、あなたは求めなくてもいいし、他の人がほしければ、譲ってあげてもいいよ。そうでないと、先生や親もあなたのことを理解できなくなる。自然に従えば良い。修煉は心の修煉であることを覚えてください」と、電話をかけました。

この出来事を通じて、彼の両親も大法弟子を理解でき、大法が素晴らしいことを実証することができました。先生と両親が学校の勉強を重視しているのは常人として当然のことだと思います。このことによって我々は集団で大法を学習する重要性を実証し、特に新しい学習者にとって問題が現れたときはすぐに解決でき、遠回りしなくてすみます。

 私は、学生時期の大法小弟子は修煉と勉強をバランスよくこなすことを望みたいです。新たな修煉の環境を造り、家庭、学校、社会に対して大法への正しい認識のチャンスを与え、それによって人々を救うことができます。

 以上が私の修煉と勉強についての修煉体験ですが、不適があれば、同修の慈悲なる指摘をお願いします。合掌。

(完了)

2008年12月27日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2008/12/15/191641.html