日本明慧
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人生の根本的な変化


文/湖南省南長沙の大法弟子 陳淑珍

(明慧日本)私は1997年の春に大法を得た老年の大法弟子です。今年88歳です。

幼い頃に家族と離れ、苦しみを味わいながら生きてきました。小さい頃から名前がなく、十歳の時、ある親切な人が私に陳淑珍と名づけてくれました。

もの心がつくようになってからは、世の中に神が存在することを信じていました。いつも大人と一緒に寺に行って参拝していました。普陀山、九華山、杭州霊隠寺に行ったことがあります。たくさん参拝しましたが、自分の人生は相変わらずでした。しかし、大法を得るための正念の基礎となりました。

法を得た後、五つの功法を学んで、毎日煉功を堅守し、師父の説法ビデオを見ました。身体は毎日良くなっていきました。たくさんの病気がこのようにして治りました。学法を通じて、過去に遭った不可解な出来事が分かり、心性は絶えず向上していきました。学校に入ったことがないので、文字は読めず、法を学べないため、とても焦って何度も涙を流しました。師父に、私に文字を教えてくださいとたくさんお願いしました。ある時、『転法輪』をテーブルの上に置き、ただ本を見て、手で一ページずつめくりながら、どんな意味かは分かりませんでしたが、しらずうちに涙が流れ、涙がページをめくる手の上に落ちました。あったかい涙でした。ページをめくり始め、どのぐらいめくったかは覚えていません。涙もどのぐらい流れ出たか覚えていません。どのぐらいの時間が経ったかも覚えていません。続いてすぐに眠り、とても良い眠りに入りました。夢の中で、『転法輪』の中の文字が金色にきらきらと光って、動いていました。あっちに飛んで、こっちに飛んで、一つまた一つ私の脳の中に飛んできました。とても気持ちよく感じました。目が覚めた後、『転法輪』の中の字が、ほとんど分かるようになりました。分からない字は同修に聞き、その時から『転法輪』を読めるようになったのです。

1999年7.20、共産党がすべての宣伝手段を使って、法輪大法を誹謗中傷しました。法輪功と大法弟子を迫害し、私たちのことを聞いてくれるところはどこもなく、とても焦って泣きました。

地元の派出所は、私のような老人も見逃しませんでした。毎日妨害しに来て、私に大法の本を出すように脅しました。大法の本は私の命のようなものです。すべての本と師父と大法の写真を集めてバッグに入れ、貯金した2万元を持って、広州の娘の家に向かいました。娘の家に泊まる時間が長くなり、お金がなくなって、娘婿は出て行くようにと言いました。面倒なことがたくさん起きたとき、夢の中で、師父が私に悟らせてくださいました。広州は私が修煉する場所ではない、長沙に行って法を実証しなければならない、と悟りました。私はただ涙を流して家に戻り、周辺の同修とともに法を実証し、師父が按配された三つのことをやり始めました。

修煉の道で、師父が私に高次元へと導いてくださり、師父は私の代わりにたくさんの業を受けてくださいました。数回正念を発した後、全身が痛くなりました。私は心性を守り、大法を固く信じ、病院に行かず、薬を飲まず、このようにして一歩一歩を歩んできました。

数日前、高い腰掛けに立ち、タンスの上にあるものを取ろうとして腰掛けから落ち、足に怪我をしました。業を消すことはつらいものです。絶対に心性を守ると自分を励ましました。「弟子の正念足りれば 師に回天の力有り」(『洪吟』)。毎日の学法と煉功を堅守し、数日も経たないうちに足の痛みが消え、歩けるようになりました。

家には老人である私一人しかおらず、いろいろと不便なことはありますが、師父がいつも励ましてくださいます。周辺の同修がいつも助けてくれて、励ましてくれます。師父に感謝します。同修に感謝します。みんなの希望に責任を負い、心性を向上し続け、師父が按配された三つのことを良く行い、自分の大きな願いを実現し、師父と一緒に元来たところへ帰ります。

2009年1月4日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2008/12/29/192498.html